これはBLE◆CHの「京楽×スターク」のSSの再掲です。
同性婚の描写がありますので、抵抗のある方は自己回避でお願い致します。
大丈夫な方のみ下へスクロールしてご覧下さい。
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<優しさで溢れるように>
寒さが厳しくなった時分。
常に公務をサボろうとする八番隊隊長である京楽を自邸まで身柄確保しに来た伊勢七緒は、
その玄関先で珍しい人物に声を掛けられた。
その人物とは、身柄を保護されていると言う瞑目で京楽邸に軟禁されている元第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)、
コヨーテ・スタークである。
スタークは、遅刻ギリギリの時間まで出勤を渋りながら玄関に出て来る京楽の後ろから、
黙って付いて来るような古風なタイプの男だ。
まるで貞淑な妻のようである。
そのスタークを最近、京楽は一族の反対を押し切って京楽家の養子に迎え入れたという。
見た目は同じ位の年齢の二人が、養子縁組というのも不自然な話で、正式発表はされてはいないが、
二人が極親しい者だけを呼んで内密に祝言を挙げたと言う噂が流れている。
勿論、副隊長である七緒は、その慎ましやかなその祝いの席に出席したので、
その噂が事実である事を知っている数少ない人物の一人である。
そう、養子縁組とは名ばかりで、実際は同性婚なのだ。
男同士で夫婦と言うのならば、性生活があるというのも事実で、好色な京楽が女役とはとても思えない。
そうなると、この目の前の人物が、男でありながら妻と言う事なのだ。
表情には出さないものの、七緒は身構えた。
そのスタークが相談したい事があると声を掛けて来たのだ。
スタークは普段、物静かで、自ずから女に声を掛けるようなタイプではない。
そのスタークが思い詰めた様子で相談したいというのならば、難しい問題なのかもしれない。
スタークは先ほどから決意出来ないのか躊躇いながら口を開けずに居る。
七緒はスタークが京楽邸に来た頃の事を思い出して居た。
スタークが京楽邸に保護されてから、溜まる公務の所為で帰宅出来ずにいる京楽の代わりに、屋敷を訪れるなど七緒は常に気を配って来た。
京楽邸に来た頃のスタークは心身共に衰弱しており、
精神不安定で常に誰かが傍に居ないと危ない状態だったのだ。
療養中の十三番隊隊長の浮竹と共に交代で京楽邸を訪れ、スタークの精神安定を図った。
京楽は忙しい中、彼の為に時間を作り、共に過ごす時間を増やすにつれ、
スタークは本来の大人しい性質に戻っていった。
その二人の想いが、いつの間に形を変えていたのだろうと七緒は思う。
遂に七緒に言う決意を固めたのであろう、スタークが視線を逸らしたまま、口を開いた。
歯切れの悪い物言いだった。
「………あの……、伊勢さん、……妻と言うのは普通、…何をすれば……いいんだ………?」
羞恥でその陶器のような白磁の頬をほんのり朱に染め、
怜悧な刃物のように澄んだ水色掛かった灰色の瞳は、不安げに揺れている。
一瞬、女でありながら、生娘を見たような衝撃に見舞われ、七緒は立ち眩んだ。
「……残念ながら、私も未婚者なので、一般的な回答しか出来かねますが……」
スタークは一瞬、申し訳無いような表情を見せた。
本当は怒っていい場面なのだろうが、七緒はスタークのその繊細な心に惹かれた。
男でありながら、スタークは肌理細やかな配慮の心を持っている。
だからこそ、彼の周りの者は、彼を助けてやりたいと庇護欲を掻き立てられるのだろう。
七緒も同様だった。
簡単に一般家庭の妻の仕事を説明する。
スタークは真剣に頷いていたが、七緒は表情を曇らせた。
「しかし、スターク殿は失礼ながら、余りお身体が丈夫ではございません。
こんな大きな屋敷の家事全般や稼業の切り盛りを、京楽隊長が任せるとは思えません」
スタークが脆弱である事、それは事実だ。
彼は、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)だった頃と比べ、今ではその力の大半を失くし、
護廷十三隊の平隊士程度の力しか持っていない。
身体の抵抗力も無くなってしまった為、すぐに風邪を引いたり、寝
込んだりするようになってしまった。
そんな状態のスタークに、一般的な妻の仕事など、出来よう筈が無い。
余程思い詰めているのだろう。七緒の言葉に衝撃を受け、
悲痛な表情で黙り込んでしまったスタークに、七緒がやんわりと助け船を出す。
「京楽隊長には相談されたのですか?お二人はその……ご夫婦……なのですから、
わたくしより、主人である京楽隊長に相談されるべきかと思います。
余り、思い詰めては、お身体に障りますよ?」
スタークは七緒の言葉に、少し拗ねたような表情をする。
しかし、彼と初対面の人間には分からない位の小さな変化だった。
京楽と浮竹の次に接触する機会の多かった七緒だからこそ、分かる微妙な変化だった。
勿論、七緒はその表情を見逃さない。年下の妹のようだと内心笑った。
「……既に……相談されて、……それが納得出来ない回答だったのですね」
切れ長の瞳を僅かに見開いてスタークが顔を上げた。
七緒は得意げに微笑んで見せた。スタークの表情が少しだけ明るくなる。
七緒に相談して正解だったと、その煌く瞳の奥に読み取れた。
「……きょ……、春水は……朝餉を共にして、玄関に見送りし、帰宅すれば出迎えし、
共に夕餉を摂ってくれればいいという。
………それでは、今までと何も変わらないだろう」
七緒は雷を受けたかのような衝撃を受けた。
頬が自然と紅潮してくる。
有り得ない勢いで体温が急上昇しているのが自覚出来る。
七緒は、生まれ立ての仔犬を見た時と同じように、スタークにきゅんきゅんしていた。
言ってしまっていいのだろうか。
一人で百面相をしている七緒を心配そうに覗き込んでくるスタークを見ながら七緒は迷う。
恐らくスタークは気付いていない。
その可憐さに、その奥ゆかしさに胸が痛い。
しかしその反応が見たいという壮絶な誘惑に負けて、七緒はとうとう口を開いた。
興奮が隠し切れない。
「……スターク殿はつまり、…奥方になったという実感が欲しい。そういう訳なのですね」
まるで蒸気が発生したかのように、一息にスタークの頬が真っ赤に染め上がった。
言い訳する余裕も無く硬直しながら、必死に言葉を紡ごうとしている。
いつもは物静かなスタークが慌てふためく姿が愛らしい。
「…ち……っ!!……違っ……!!お、……俺は……別に…っ……!!!」
「……何をそんなに慌ててるんだい?コヨ」
深い腰に来るようなバリトンの声に、更にスタークは小さく悲鳴を上げてその場で飛び上がった。
絶妙なタイミングなのは、偶然なのだろうが、
京楽の場合はその天性で必然にしている可能性が高い。
最早、まともに会話が不可能になっているスタークを気遣って、
七緒が呆れて京楽を軽く叱咤する。
「京楽隊長。今日は道草する余裕は無いご出立時間ですよ。スターク殿とのご挨拶は手短に」
「え~。そんな~。僕の活力の源なのに~」
大袈裟な程の演技をする京楽を他所に、七緒は動転しているスタークの腕を引き、顔を近付けた。
顔を真っ赤にしたまま、絶句しているスタークはされるが儘だ。
そんなスタークに七緒はこっそり耳打ちする。
「スターク殿に、奥方としての簡単なお仕事をお願いしたいのですが宜しいでしょうか」
こそこそと内緒話をしている二人に、特に茶々を入れる事もせず、
京楽は「なぁにぃ二人とも~」とその場で大人しく待っている。
暫くすると内緒話が終わったのか、スタークも落ち着きを取り戻し、大きく頷いて見せている。
何故か耳打ちしていた七緒も満足げである。
京楽は首を傾げながら壁に掛かった大きな古時計を見上げた。
そろそろ出掛けなければ本気で間に合わない時間である。
幾ら瞬歩の遣い手である二人でも、出勤に瞬歩を遣うなど、恥ずべき事である。
隊長、副隊長の面子にも関わる事になるので、避けなければならない。
「さ。行ってくるからね。いい子で待ってるんだよ。コヨ」
しかし、腰を下ろし紐付き草履を履き、振り返った京楽は、余りもの光景に、見事に固まった。
其処には潤んだ瞳で頬を桜色に染めた新妻の姿。
スタークは恥じらいながらも、そっと京楽の胸元に手を添え囁いた。
「……春水。…頑張ってお勤め、果たして来いよ。…俺、待ってる…」
水色掛かった灰色の瞳が、上目遣いに視線を向けてくる。
その切なげな表情は破壊的な色気だ。
七緒は見えないように後ろで組んだ拳にぐっと力を篭めた。
内心(スターク殿、グッジョブです!)と叫び出したい勢いだった。
勿論、祝言を挙げたばかりの愛妻からのお願いである。
誰の目から見ても嫁を溺愛し捲くっている京楽は、
首がもげてしまうのではないかと心配する程の勢いで何度も頷いた。
「任せておいて!公務なんて、ぱぱぱぱっと片付けて帰るからね!
ほら、七緒ちゃん、早く行くよ!ようし、午前中にでも終わらせちゃおうっかなぁ~♪」
七緒は社長秘書顔向けの完璧な微笑みを浮かべながら、バインダーを取り出した。
今日片付けなければならないスケジュールは山積みだ。
脳内恐るべきスピードでその調整をしつつ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、
玄関先に立ち尽くしているスタークの肩を軽く叩いた。
疾風のように飛び出していった京楽の姿は既に無い。
「ご苦労様でした。スターク殿。後は疲れて帰宅した京楽隊長を優しく労ってあげて下さい。
恐らく、それだけで立派に奥方としてのお勤めを果たしていると思われます」
「………それだけで………いいのか?」
「はい。ご立派に。…では、わたくしも失礼致します」
七緒は軽くスタークに一礼すると、彼の上司である京楽を追い駆けるように、
玄関先を飛び出して行った。
そうして護廷十三隊、八番隊副隊長、伊勢七緒は、
隊長の奥方の悩みを聞きつつも副隊長としての使命を全うしたのである。
その日以来、八番隊隊長である京楽は良く働き、
護廷十三隊の中でも特に八番隊は程よく運営されたと言う。
そして、七緒に副隊長としての敏腕を発揮され、
言いように言い包められた可哀想な新妻スタークは、夜毎京楽を労う羽目になったのである。
<了>
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可愛い新妻の悩み!
七緒ちゃんの言い回しは微妙ですが、ご容赦を!
※言い回しで変な部分などを一部改訂して再掲しております。ご了承下さい。