2023/9/1(金)曇/小雨
今日は最高気温30°曇予報に、午前9時からポタリングに出る。この夏一番の自転車日和と喜んで出発したものの、蒸し暑いのに難儀する。
今日の目的地は、熊本市西区河内町白浜の環境省選定平成の名水百選「天水湖」と、「鑪水」と「上川床の湧水」とする。
往路は、熊鹿ロードから県道31、国道208、玉名市伊倉を経由し、県道1、国道501と大きく迂回して河内町白浜の天水湖(写真1・2・3参照)に到着する。
熊本市ホームページには、「・・・明治5年(1872)、九州巡幸をされた明治天皇にこの水を献上したことから、この水を「天長水」、池を「天水湖」と呼ぶようになった。」とある。
「天水湖」の名称石碑の所に渡る板橋・飛び石の際にある湧水点(写真4参照)は、円形に囲まれている。
「天水湖」の名称石碑の所の湧水の受水枡(写真5参照)は、黄色の陶製かプラスチック製になっている。Googleマップで閲覧した時鉄錆色した湧水かと思ったが、それは受水枡の色であって、普通に清水の湧水であった。
天水湖の北隣の敷地にも、見事な日本庭園風の湧水池庭園(写真6・7参照)がある。
天水湖を後にして、「鑪水」(写真8参照)に移動する。
熊本市ホームページには、「・・・「たたら」とは日本古来の製鉄法のこと。その昔、製鉄に使われた水であることがうかがい知れる。河内町には、水を流し砂から砂鉄を分離する砂鉄水路跡(市指定史跡)があり、鉄の物語に想像がふくらむ。・・・古名は轟水という。「肥後國誌」によると、熊本の三轟の一つという。ほかの二つは宇土、合志の両郡にあると記されている。」とある。
湧水池(写真9・10参照)には、小さな錦鯉が沢山泳いでいる。
湧水は、銀杏の巨木の根元(写真11・12参照)から湧き出ている。
今日は防災の日である事を思い出し少し後戻りして、蓮光寺津波供養碑(写真13・14参照)に合掌する。碑は山門左側にあり、正面上部に「南無阿弥陀佛」、下部に「溺死墓」とある。
右横に「寛政四年(1792)壬子四月〇日人数七百六拾五人」(写真15・16参照)とある。
蓮光寺を後にして、県道101を河内川に沿って遡る。途中の放牛石仏63体目(写真17参照)を拝顔する。
上川床の湧水(写真18・19・20参照)は、県道101沿いの崖地にある。成層をなした地層の間から水が滲み出している。
熊本市ホームページには、「・・・この地層は芳野層と呼ばれ、金峰火山の形成過程でカルデラ内に湖ができた時に、その底に堆積した地層で、植物化石が産出される。」とある。
ここを最後にして、鳥越峠を経由して帰途に就く。鑪水から後は、雨宿りする程ではないが弱い雨になる。
14時に帰宅する。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)30km→天水湖18km→熊本(自宅)
総所要時間5時間(実4.5時間) 総計48km 走行累計55,791km
自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。
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