『あのあおぞらをもういちど』
ある種殺人的だったあの寒さはいつの間にか春風にさらわれてしまったようで、心地好い風が草原を吹き抜けていた。冬という季節が過ぎ去ったとはいえ、今だに残る不安定な気温を拡散してくれる風はどこか甘い花の香を含んでいる。
広い草原、その向こうに広がるのは和やかな風景。
小さな木製のテーブルと椅子が並べられ、人形の様な少女がお茶会を開こうとしているある種童話じみた光景だったアンティーク調の椅子にゆったりと腰掛けた金髪碧眼の少女の纏うワンピースは淡い空色で今にも空に溶け込みそうだ。
ふと彼女はこちらに気づき、花の咲く様な笑みを浮かべた。
「………こんにちは」
「……サラ?」
サラ、と呼ばれた少女はニコリと柔らかく笑って優雅に一礼した。
彼はそれを見て淀みない笑みを浮かべて彼女の向かいにある、彼のために開けられていたような席に座った。
「待ってたんですよ? あ、今お茶入れますね」
懐かしい旧友に再開したかのように表情を綻ばせ、サラはぱたぱたと………角度の関係で見えていなかったらしい小さなログハウスへと走っていった。
しばらくして出て来たサラの手には銀色のトレイ。
その上にはガラス製の綺麗なコップに入ったアイスティーらしき飲み物とチーズケーキ(らしきもの)があった。
彼はアイスティーだけを受け取るとチーズケーキ(?)は丁重に断った。サラはお菓子作りだけは壊滅的に壊 滅 的に苦手なのだ。
現にチーズケーキは若干赤色が混じっている。
そして本人は完全なる無自覚だ。
死にたくない一心でサラの無邪気な笑顔に罪悪感と胸の痛みを覚えつつもケーキを断り抜くと、アイスティーを口に含んだ。
砂糖もミルクも入っていない、澄んだ色のそれは程よい苦みを持って喉を流れ落ちていく。
「むぅ…ケーキが無駄になっちゃいましたです…」
年齢の割に舌ったらずな中途半端な敬語で困ったように呟くサラに彼はどうしようもない無力感すら覚えた。
その後、彼とサラは色々なことを話した。
取り留めのないこと。下らないこと。瑣末なこと。
その1つ1つを取ってみれば実にありふれていて面白みに欠けるものでしかない。
だが、それらの1つ1つが何故か楽しくて堪らなかった。
久々に出会った友人に色んな話がしたくなる、その感覚によく似ている。
やがてサラが2つ目のケーキに取り掛かり初め、2人のアイスティーも半分程になったころ、不意に彼が切り出した。
「ねぇ、サラ」
「なぁに?」
「君……本当に、サラ?」
「…………?」
「……だって……だって
サラは…サラは死んだはずなんだから」
ざぁっ……、と風が草原を吹き抜け、サラの金髪が一度静かに靡く。
いつしか彼女の笑みは歪になっていた。
「……………」
「僕だってこんなの信じたくない……でも……事実なんだ。これが夢だって分かってる。サラ、君は……」
「……知ってますよ? そんなこと。だってわたしは」
ここで一度言葉を区切ると、サラは胸にそっと手をあて俯いて言った。
「あなたに殺されたんだから」
空気が音を立てて凍りついた。
サラの言ったことを理解するのに10秒と少し。
声を忘れてしまったような喉から掠れた声が漏れるまで30秒弱。
そして、コンクリート詰めの時間が動き出すまで1分強。
そのわずか2分にも満たない時間は彼の呼吸と思考を止め、理性を真っ白に漂白するには十分過ぎる時間だった。
「…………え……」
「その様子だと忘れてるみたいですね………何度でも繰り返します。それが事実だから。“わたしはあなたに殺された”」
「う、そ………嘘……っ」
「いいえ、嘘ではありません。“わたしはあなたに殺された”
そしてこの世界は現実ではなく、あなたの身勝手なただの夢です。夢から醒めればこの世界も、わたしも、あなた自身も消えてしまいます」
私たちはこの世界を成り立たせる為のちっぽけな歯車に過ぎないんですよ? と、サラは続けた。
穏やかで優しかったはずの春風はいつしか冷たさを伴う暴力的なナイフとなり皮膚を切り裂いていった。
その皮膚が切り裂かれる痛みより、サラの悟りきった表情と断言された事実が何より鋭く彼の胸を裂いていく。反射的に立ち上がり、よろめくようにして後ずさる彼を慈しむようにサラは眺めて告げる。
「あなたは夢の中の人……夢が醒めれば存在は否定されてしまう。所詮は存在しない歯車……それはわたしも同じ……」
何よりも残酷な現実を
「もうすぐ夢もおしまいです。……さようなら」
別れの時を
「待っ…………!!」
咄嗟に抱き寄せようと、失うまいと伸ばしたその腕は触れることすら許されず、虚しく虚空を抱いた。サラはなんの前触れも無しに、一瞬の内に掻き消えてしまっていた。
彼の腕の中に残ったのは、小さな小さなビー玉程のシャボン玉だけ
そのシャボン玉すらも、手の平が掠めるように触れただけでなんの手応えもなく壊れてしまった。
跡形もなく。泡沫のように
「…………ぁ……ああ……」
呆然と腕の中にただ虚しく残る虚空を見つめ、やがて地面に崩れ落ち、慟哭した。
「わああぁあぁあああぁぁああああぁあああぁぁああぁああああぁああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
跡形もなく消えた彼女に対して浮かぶ感情は、幾億もある言葉を用いても形容しきれない。
いや、何かになぞらえようとすること自体過ちかもしれなかった。
彼は涙を零すことも出来ず、ただ叫んだ。
人は悲しいときに、嬉しいときに、または悔しいときに涙を零す。
だが、人が泣くことが出来るのは心に余裕があるときだけだ。
愛する者が目の前で何の前触れも無く殺されたとき。
絶句し、絶叫して、パニックに陥り子供の亡骸に縋りつく。
長年の親の仇を辛酸を嘗めた挙句に討ち取ったとき。
声を失い、立ちすくんで、何度も何度も現実を確認する。
心を許していた、誰よりも信じていた親友に裏切られたとき。
愕然とし、呆然とし、裏切りを理解しきれずただうろたえる。
人間は本当に悲しいとき、嬉しいとき、悔しいときは泣くことを忘れるほど頭が真っ白になるのだ。
それならば、今の彼はその状況だった。
もう2度と繰り返すまいと誓った過ちを、苦しみを繰り返してしまった現実に、彼はただ慟哭するしかなかった。
自分が、じきに消えてしまう無力な歯車だと知りながら
†
屋上で彼の姿を見つけた時、思わず声をかけるのを躊躇った。
いつにも増して纏う雰囲気が重い。
時折、彼は重く誰も近づけないような空気を背負っていることがある。
しかしそれも極稀なので知らない者の方が多い。知るものはおそらく片手にも満たないだろう。
悟りきったような諦めの表情を浮かべ、柵に両肘を乗せて虚空を見つめている彼にどう声をかけるべきかしばらく悩んだ末に、彼女は無言で彼の隣に立った。
「……ネ…どしたの?」
「……」
彼女はさりげなく彼の表情を窺い、ぎょっとした。
彼は目を真っ赤に泣き腫らし、虚ろな表情で彼女を見下ろしていた。
「何かあったの?」
「何でも……ない…ちょっと昔の事を思い出しちゃって…」
「………」
「……ねぇ、人を……殺したこと、ある? それも自分が愛した者…守るべき者を…」
数秒の後に、彼女は「無いよ」と返した。
彼は「そっか」とだけ言うと、再び沈黙する。
「僕が、サラを殺した」
「サラちゃん……? ……彼女は病気だったの……そう言う運命だったのよ」
「違う。僕が殺した」
「……どうして…」
サラ、と言うのはとある少女の名前だ。
サラはこの広い館の一角の無菌室で生きていた、否、生かされていた。
生まれてから一度も日の光を見たことが無い故に陶磁器のように色の白い、気立ての優しい人気者だ。
ただし彼女に会うには分厚いガラス越しでしか顔を見ることすら出来なかった。
話すと言えば館の中の内線電話を使うしかなく、隔離された人間だった。
そして、彼とサラは仲が良かった。
大した用も無いのにサラの病室の前を顔を見るためだけに1日に何度も行き来しては手を振ったりしているところを見かける事も多かった。
……そういえば。あの日からだったかもしれない。
皆がおかしくなっていったのは……。
「サラは……サラは病気だった。外の空気に触れては駄目だから隔離されていた。そんな簡単なことも分からずに…僕は……サラを、外に、連れ出した」
「………」
「僕の……僕のせいで…っ!! 絶対に許されるはずがない…何度も夢に出て来るんだ…恨まれて当然のことをしてしまった!!」
「……ゴメンネ。私は、その、タイセツナヒトなんていたこと、ないから何も言えない」
サラが、死んだ、あの日。
皆おかしくなってしまったのだ。
ありもしない不老不死なんて追い求めて、挙句この世界の創造主なんて大層なもの怒らせて。それから、こんな箱庭に閉じ込められた。
望んだ、不老不死と言う出口のない閉じた箱の中に。
†
空はどこまでも青く、高い
青空のもと、彼女は夢の中でまだ笑っているのだろうか
誰もいなくなった草原で彼を待っているのだろうか
彼は彼女をこれからも夢に見続けるのだろうか
彼女は彼を恨んでいるのだろうか
運命の歯車はどこから狂いだしたのだろうか
彼の見つめる虚空はどんな幻想<アクム>を描くのだろうか
彼は何故彼女を連れ出したのか
彼女は彼をどう思っていたのか
彼も彼女も黙した今、全てを知る者はどこにもいない
『嗚呼、なんて残酷なセカイ!』
『あのあおぞらをもういちど』/黒糖風味(当時火鉈)作
文芸部誌 2011年度新春号掲載作品
ある種殺人的だったあの寒さはいつの間にか春風にさらわれてしまったようで、心地好い風が草原を吹き抜けていた。冬という季節が過ぎ去ったとはいえ、今だに残る不安定な気温を拡散してくれる風はどこか甘い花の香を含んでいる。
広い草原、その向こうに広がるのは和やかな風景。
小さな木製のテーブルと椅子が並べられ、人形の様な少女がお茶会を開こうとしているある種童話じみた光景だったアンティーク調の椅子にゆったりと腰掛けた金髪碧眼の少女の纏うワンピースは淡い空色で今にも空に溶け込みそうだ。
ふと彼女はこちらに気づき、花の咲く様な笑みを浮かべた。
「………こんにちは」
「……サラ?」
サラ、と呼ばれた少女はニコリと柔らかく笑って優雅に一礼した。
彼はそれを見て淀みない笑みを浮かべて彼女の向かいにある、彼のために開けられていたような席に座った。
「待ってたんですよ? あ、今お茶入れますね」
懐かしい旧友に再開したかのように表情を綻ばせ、サラはぱたぱたと………角度の関係で見えていなかったらしい小さなログハウスへと走っていった。
しばらくして出て来たサラの手には銀色のトレイ。
その上にはガラス製の綺麗なコップに入ったアイスティーらしき飲み物とチーズケーキ(らしきもの)があった。
彼はアイスティーだけを受け取るとチーズケーキ(?)は丁重に断った。サラはお菓子作りだけは壊滅的に壊 滅 的に苦手なのだ。
現にチーズケーキは若干赤色が混じっている。
そして本人は完全なる無自覚だ。
死にたくない一心でサラの無邪気な笑顔に罪悪感と胸の痛みを覚えつつもケーキを断り抜くと、アイスティーを口に含んだ。
砂糖もミルクも入っていない、澄んだ色のそれは程よい苦みを持って喉を流れ落ちていく。
「むぅ…ケーキが無駄になっちゃいましたです…」
年齢の割に舌ったらずな中途半端な敬語で困ったように呟くサラに彼はどうしようもない無力感すら覚えた。
その後、彼とサラは色々なことを話した。
取り留めのないこと。下らないこと。瑣末なこと。
その1つ1つを取ってみれば実にありふれていて面白みに欠けるものでしかない。
だが、それらの1つ1つが何故か楽しくて堪らなかった。
久々に出会った友人に色んな話がしたくなる、その感覚によく似ている。
やがてサラが2つ目のケーキに取り掛かり初め、2人のアイスティーも半分程になったころ、不意に彼が切り出した。
「ねぇ、サラ」
「なぁに?」
「君……本当に、サラ?」
「…………?」
「……だって……だって
サラは…サラは死んだはずなんだから」
ざぁっ……、と風が草原を吹き抜け、サラの金髪が一度静かに靡く。
いつしか彼女の笑みは歪になっていた。
「……………」
「僕だってこんなの信じたくない……でも……事実なんだ。これが夢だって分かってる。サラ、君は……」
「……知ってますよ? そんなこと。だってわたしは」
ここで一度言葉を区切ると、サラは胸にそっと手をあて俯いて言った。
「あなたに殺されたんだから」
空気が音を立てて凍りついた。
サラの言ったことを理解するのに10秒と少し。
声を忘れてしまったような喉から掠れた声が漏れるまで30秒弱。
そして、コンクリート詰めの時間が動き出すまで1分強。
そのわずか2分にも満たない時間は彼の呼吸と思考を止め、理性を真っ白に漂白するには十分過ぎる時間だった。
「…………え……」
「その様子だと忘れてるみたいですね………何度でも繰り返します。それが事実だから。“わたしはあなたに殺された”」
「う、そ………嘘……っ」
「いいえ、嘘ではありません。“わたしはあなたに殺された”
そしてこの世界は現実ではなく、あなたの身勝手なただの夢です。夢から醒めればこの世界も、わたしも、あなた自身も消えてしまいます」
私たちはこの世界を成り立たせる為のちっぽけな歯車に過ぎないんですよ? と、サラは続けた。
穏やかで優しかったはずの春風はいつしか冷たさを伴う暴力的なナイフとなり皮膚を切り裂いていった。
その皮膚が切り裂かれる痛みより、サラの悟りきった表情と断言された事実が何より鋭く彼の胸を裂いていく。反射的に立ち上がり、よろめくようにして後ずさる彼を慈しむようにサラは眺めて告げる。
「あなたは夢の中の人……夢が醒めれば存在は否定されてしまう。所詮は存在しない歯車……それはわたしも同じ……」
何よりも残酷な現実を
「もうすぐ夢もおしまいです。……さようなら」
別れの時を
「待っ…………!!」
咄嗟に抱き寄せようと、失うまいと伸ばしたその腕は触れることすら許されず、虚しく虚空を抱いた。サラはなんの前触れも無しに、一瞬の内に掻き消えてしまっていた。
彼の腕の中に残ったのは、小さな小さなビー玉程のシャボン玉だけ
そのシャボン玉すらも、手の平が掠めるように触れただけでなんの手応えもなく壊れてしまった。
跡形もなく。泡沫のように
「…………ぁ……ああ……」
呆然と腕の中にただ虚しく残る虚空を見つめ、やがて地面に崩れ落ち、慟哭した。
「わああぁあぁあああぁぁああああぁあああぁぁああぁああああぁああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
跡形もなく消えた彼女に対して浮かぶ感情は、幾億もある言葉を用いても形容しきれない。
いや、何かになぞらえようとすること自体過ちかもしれなかった。
彼は涙を零すことも出来ず、ただ叫んだ。
人は悲しいときに、嬉しいときに、または悔しいときに涙を零す。
だが、人が泣くことが出来るのは心に余裕があるときだけだ。
愛する者が目の前で何の前触れも無く殺されたとき。
絶句し、絶叫して、パニックに陥り子供の亡骸に縋りつく。
長年の親の仇を辛酸を嘗めた挙句に討ち取ったとき。
声を失い、立ちすくんで、何度も何度も現実を確認する。
心を許していた、誰よりも信じていた親友に裏切られたとき。
愕然とし、呆然とし、裏切りを理解しきれずただうろたえる。
人間は本当に悲しいとき、嬉しいとき、悔しいときは泣くことを忘れるほど頭が真っ白になるのだ。
それならば、今の彼はその状況だった。
もう2度と繰り返すまいと誓った過ちを、苦しみを繰り返してしまった現実に、彼はただ慟哭するしかなかった。
自分が、じきに消えてしまう無力な歯車だと知りながら
†
屋上で彼の姿を見つけた時、思わず声をかけるのを躊躇った。
いつにも増して纏う雰囲気が重い。
時折、彼は重く誰も近づけないような空気を背負っていることがある。
しかしそれも極稀なので知らない者の方が多い。知るものはおそらく片手にも満たないだろう。
悟りきったような諦めの表情を浮かべ、柵に両肘を乗せて虚空を見つめている彼にどう声をかけるべきかしばらく悩んだ末に、彼女は無言で彼の隣に立った。
「……ネ…どしたの?」
「……」
彼女はさりげなく彼の表情を窺い、ぎょっとした。
彼は目を真っ赤に泣き腫らし、虚ろな表情で彼女を見下ろしていた。
「何かあったの?」
「何でも……ない…ちょっと昔の事を思い出しちゃって…」
「………」
「……ねぇ、人を……殺したこと、ある? それも自分が愛した者…守るべき者を…」
数秒の後に、彼女は「無いよ」と返した。
彼は「そっか」とだけ言うと、再び沈黙する。
「僕が、サラを殺した」
「サラちゃん……? ……彼女は病気だったの……そう言う運命だったのよ」
「違う。僕が殺した」
「……どうして…」
サラ、と言うのはとある少女の名前だ。
サラはこの広い館の一角の無菌室で生きていた、否、生かされていた。
生まれてから一度も日の光を見たことが無い故に陶磁器のように色の白い、気立ての優しい人気者だ。
ただし彼女に会うには分厚いガラス越しでしか顔を見ることすら出来なかった。
話すと言えば館の中の内線電話を使うしかなく、隔離された人間だった。
そして、彼とサラは仲が良かった。
大した用も無いのにサラの病室の前を顔を見るためだけに1日に何度も行き来しては手を振ったりしているところを見かける事も多かった。
……そういえば。あの日からだったかもしれない。
皆がおかしくなっていったのは……。
「サラは……サラは病気だった。外の空気に触れては駄目だから隔離されていた。そんな簡単なことも分からずに…僕は……サラを、外に、連れ出した」
「………」
「僕の……僕のせいで…っ!! 絶対に許されるはずがない…何度も夢に出て来るんだ…恨まれて当然のことをしてしまった!!」
「……ゴメンネ。私は、その、タイセツナヒトなんていたこと、ないから何も言えない」
サラが、死んだ、あの日。
皆おかしくなってしまったのだ。
ありもしない不老不死なんて追い求めて、挙句この世界の創造主なんて大層なもの怒らせて。それから、こんな箱庭に閉じ込められた。
望んだ、不老不死と言う出口のない閉じた箱の中に。
†
空はどこまでも青く、高い
青空のもと、彼女は夢の中でまだ笑っているのだろうか
誰もいなくなった草原で彼を待っているのだろうか
彼は彼女をこれからも夢に見続けるのだろうか
彼女は彼を恨んでいるのだろうか
運命の歯車はどこから狂いだしたのだろうか
彼の見つめる虚空はどんな幻想<アクム>を描くのだろうか
彼は何故彼女を連れ出したのか
彼女は彼をどう思っていたのか
彼も彼女も黙した今、全てを知る者はどこにもいない
『嗚呼、なんて残酷なセカイ!』
『あのあおぞらをもういちど』/黒糖風味(当時火鉈)作
文芸部誌 2011年度新春号掲載作品