黒糖モドキの小説倉庫

ヘタレ文芸部員もとい黒糖風味の小説庫です。
なお、理不尽な鬱表現・スプラッター・クトゥルフ神話等の要素を含みます

ボクよりボクらしいキミへ・第1話

2011-10-01 10:31:03 | ボクよりボクらしいキミへ
【ボクよりボクらしいキミへ】



 空中神殿都市、エルディア。
 遥か昔より時にお伽話として、時に神話として語り継がれるその存在は確かに在った。
 時に畏怖として、時に畏敬の存在として姿形を変えつつも恐怖の象徴と恐れられ続けたその存在は、今や人を連れ去る異界の如く地上に君臨している。

 その内部には七人の、否、人と形容するには強大過ぎる七人の裁定者達が住んでいた。住んでいた、と言えるかは断言し難いがそれでも彼等は間違いなく其処にいた。
 そしてその一人である《Rebell=Justitia》レベル=ユースティティアは日の登り切らぬ早朝から、感極まった風の《Weise=Cercatore》ヴァイゼ=セルカトレに呼び出されていた。
 腰まであるストレートの茶髪に紺色の瞳を持った少女、もといレベルは朝早くに呼び出された事による寝不足の不機嫌さを隠しもせずに無断で椅子に腰掛け辺りを観察する。
 通称研究室と呼ばれているその部屋は、その呼称が頷ける程に怪しさばかりが漂っていた。科学的な機械がその辺に雑多に積んであるかと思えば向かいの棚には呪術道具が詰まっている。
 その部屋の中央でヴァイゼは忙しなく歩き周り、時折演説でも始めるかのように立ち止まっては煤けた天井を眺めていた。
 肩辺りまで伸ばされた銀髪が様々なランプの色を反射してわずかに色を変え、シルバー混じりの黒い瞳が眼鏡の奥で鋭く輝いている様はさながらマッドサイエンティストの様だ。

「我が友レベル、素晴らしい知らせだ!」
「……朝から大声を出すなよ……らしくもないな」

 氷、機械と言われた冷淡な非の付け所が無い美貌に、興奮が収まれば次は鼻歌でも歌いながらスキップでも始めそうな非常に似合わない歓喜の表情を浮かべるヴァイゼをレベルは寝起きその物のジト目で軽く睨んだ。
 レベルの少女と言うよりかは少年に近い、形容するならばナイフの様な鋭利さを秘めた冷淡な顔立ちはヴァイゼに負けず劣らず感情が希薄だがこれには少し不信の表情を浮かべていた。
 普段は喜ぶどころかニコリともせず、不愉快不快無表情以外の表情を一切表さない彼のこの様子は明らかに異常だった。何か良くない物でも食べたか、それともとうとうイカレたか、そしていつから私は友人になったのかと半ば真剣に考え込むレベルに、ヴァイゼは嬉々とした様子で告げる。

「世紀の発明だ。君には前に生命の卵の事を話したが、アレがようやく人間の複製に至ったんだ!」

 その言葉を聞いた瞬間レベルは驚きに一瞬だけ目を見開き、次に呆れたような、それと同時に有り得ないといわんばかりの表情を浮かべる。
 “生命の卵”は、人為的に生命を生み出す為の円環装置だ。白き霧を纏う黒い卵を模したその装置は、人を惑わすシャルラ=ハロートの助けを借りて“人間”と言う蛋白《タンパク》原、もとい栄養原を得てようやく成り立つ程に生命力が低く、依存性も高い。その栄養すら枯渇すれば爆ぜて中に詰まった液漿を撒き散らし、朽ちてしまう。
 そんな数々の問題を抱えた、しかしこれ以上が無い円環装置をどのように改良したのかはレベルにとって非常に興味深かったが考えるよりも先に口から反論が飛び出した。

「……まさか。〝生命の卵〟は制御が効かない程の不安定な物のはずだ。ましてや人間の複製など……」
「いや、それが成功したんだ! これがその証拠だ」

 妙に自信たっぷりにヴァイゼは言い、二つ並べて壁に取り付けられた両端に様々なチューブが取り付けられたガラス製の筒型の生命維持装置を指差した。
 長年使い込まれた事によってガラス汚れ特有の水垢がこびりついた其れは非常に中の様子が分かり辛い。レベルは目を細めて僅かに身を乗り出し、その中身を理解した瞬間頭頂から背骨へと冷たい液体が駆け降りるのを感じた。

「これは……」
「生命の卵によって複製された人間の記念すべき一号機さ。まだ試作段階だから劣化速度が早くて、とりあえずああやって保存しているんだ」

 ……嗚呼、これが運命と言うのであれば、彼等の運命はこの日この瞬間に決まったのだ。
 これより始まるは、今より遠く、遥か未来の話。


   †


『……ろ…………ろ』

 ただ白い空間の中に、誰かの声が響いていた。
 何故だろう。その声に耳を傾けてはいけないような、それなのにその声の主に探さなければならないような、そんな複雑な思いがぐるぐると頭の中を渦巻いていく。
 虚ろな取り留めの無い思考が時折意識という水中を漂う泡のように浮上し、やがては消えていった。

「…きろ………きろ!」

 徐々に鮮明に成り行く声にズルリと意識そのものが浮上する。

「起きろ!」

 一段とはっきり響いた声に、半ば反射的に瞼を開いた。
 真っ先に視界に入ったのは今にも雨が降り出しそうな程に黒い雲が立ち込めた空、そして一人の少女だった。
 やや吊り目気味の青い瞳に後ろで束ねられた短めの茶髪と紺色のバンダナが特徴的なその少女はわずかに眉を吊り上げて言った。

「やっとお目覚めかい。雨が降らねえ内にさっさと帰んな」

 決して悪いとは言えない、むしろ良い部類に入る気丈そうな顔に不機嫌そうな表情を浮かべて彼女は立ち上がって草切れを掃う。白い半袖のシャツに青いベストを合わせ、短パンにブーツを着こなしていて非常に快活そうで明るい印象を受けるが面倒臭そうな仏頂面が彼女の雰囲気を何か不思議なものへと変えている。

「んで、お前はドコの国のヤツ? もしや行き倒れ?」
「……え」

 国?
 寝起きの薄靄のかかった頭で記憶を手繰り寄せる。
 そもそも此処は何処だ? 何で自分はこんな所で眠っていたんだ?
 ……分からない。どうして分からないんだ?
 分からない。分かるはずがない。分からないモノを分かることなんて出来やしない。
 どうしてか自分の名前以外何も思い出せない。

「お前……まさかキオクソーシツってやつか?」
「……多分」

 小声でそう言うと彼女は呆れ半分興味半分と言った表情をしてみせる。

「名前は?」
「……カイム」

 唯一覚えていた名前を告げると、彼女はあまり興味が無さそうにふぅんと呟き、すっと革のグローブに包まれた手を差し出してきた。

「取りあえずついてきな。話はその途中にでも出来るだろ」

 大人しくその手を借りて立ち上がると、ついて来いと背を向ける彼女の後を追った。
 延々と続く草原の中を小さなコンパスと懐中時計を片手に、そして細身の剣をもう一方の手に歩く彼女の後ろ姿は何処か少年の様な雰囲気を携えていた。

「そうだ、自己紹介がまだだったな。オレの名前はルイ。グランディア帝国、帝国騎士団の一人だ」
「……帝国騎士団?」
「そ。兵士とは違って城の内部の見回りだの領地の治安維持だの争い事の解決だのってパシられる集団。大概式典で目立つ所に立ったりするから外見はえり好みされるらしいね」

 身も蓋も無い所かかなりの爆弾発言をしたにも関わらず彼女、もといルイは肩を軽く竦めるだけだ。
 確かに式典なんてきらびやかだろうから目立つ所にはそれなりの外見の者を置きたくなるのは人の性というヤツだろう。かく言うルイも荒っぽい男口調を除けば美少女だ。

「……最近、多いんだよな」
「え?」

 不意に声のトーンを落とすルイに、反射的に聞き返した。

「記憶喪失」

 大した事ではないかのように言い放ち、歩を進めるレエルとは対照的にカイムはその場に立ち尽くした。
 その事に気がついたルイは足を止め、言葉を続ける。

「……今年に入って五人。内二人は失踪、三人は保護出来ずに行方知れず。そして全員、名前以外全て忘れてたらしいよ」

 別に何でもない特に大した事でも無いかのようにルイは言った言葉に、全身から血を抜き取られるような悪寒を感じていた。
 偶然にしては余りにも出来すぎた偶然。全員が全員名前以外全てを忘れているという奇妙な共通点が、何か異様な繋がりを白紙の記憶の上に浮き上がらせようとしていた。
 だが何故かそれに対して何か絶対に思い出してはならないような、そんな感じがした。第六感が警鐘を鳴らしている、とでも言うべきなのだろうか。とにかく、ただひたすらに本能が拒絶していた。

「……どうかしたのか?」
「あ……な、何でもない……ねぇ、これからどうすればいいの?」

 質問に質問を重ねて切り返すと、ルイの意識がそれたのか何事も無かったかのように再び歩き始めた。
 それに合わせてルイの後を追う。

「騎士団で保護するつもりだよ。記憶が戻るか経済的に自立するまでなら面倒みるから」
「……そっか。迷惑かけるね」
「良いってことよ。多分オレが世話役になるから、まぁヨロシク頼むよ」

 お世話になります、とルイに向かって深々と頭を下げると何故か苦笑いされてしまった。

「ん……ホラ、見えてきたぞ。あれがグランディア帝国だ」





 一ヶ月後。

「なーぁ、カイム。いい加減に教えろよー? お前の好・き・な・子」
「……ご退去願うよ」

 部屋(一人部屋。狭い)に上がり込みベッドに寝転んでニヤニヤと笑う迷惑な友人の後頭部を枕でぶん殴って叩き落とすと、再び占拠されぬように座って言った。

「いないって言ってるじゃん。いい加減に自重しようか」
「うっそだぁ。だってあーんな美人が側にいるのにさぁ。平兵身分からすれば……くーっ、羨ましい……」

 それでも何も無かったかのように起き上がり、心底悔しそうに床を殴りまくる友人、もといアルをジト目で眺めた。
 側にいる、美人。すぐに誰の事かは分かったが出来るだけ意識しないようにし、次の瞬間また飛び出すであろうこのお節介な友人の軽口をどう制裁するか思考を巡らせた。

 あの日から、すでに一ヶ月が経過した。
 最初は慣れないことに戸惑ったり上手くいかなかったりの手探り状態だったが、今ではこんな有難迷惑な友人や頼りがいのある団長や尊敬できる師範に囲まれてそれなりの生活を送っている。
 ちなみにアルは剣士として戦場に立つべく訓練を重ねる兵士であり、護身術として剣の勉強をしている僕の友人だ。用途は違えど同じ剣の道を志す者としてたまに手合わせをしたりしている。
 もちろん日の浅い僕なんて勝てるはずが無いけれど。

「容姿端麗、才色兼備、そして文武両道ときた。正にパーフェクト超人だろ? あーあ、泣けるねぇ」
「本人の前で言ったら何をされるか……」

 それにルイはそう言う風に言われるの、嫌いだし。
 口を突きかかった言葉を思わず飲み込んだ。
 ……超人。確かにルイは超人地味ているかもしれないが、そう言われる事が、思われる事が、そしてそれが天性の才能と思われる事が彼女は嫌いだった。

「ま、所詮俺らには高嶺の花ってコトか……」

 アルは諦めているのかどうなのかよく分からない表情であぐらを組む。
 その時、コンコンとドアがノックされた。

「カイム、話が……っと、客人か。お邪魔なら後にするが?」

 部屋に入ってきたのは噂の当本人であるルイだった。ルイは狭苦しい上に男二人でむさ苦しい部屋を覗くなりいつも通りのやや不機嫌そうな表情のままそう言った。ベッドとクローゼットと机に部屋の大半のスペースを持って行かれているため二人でもかなり狭いのに三人なんて無理がある。ルイが遠慮するのも無理はない。

「あ、いいよ。こいつ帰らせるから」

 迷わずにそう言うと、ぎゃあぎゃあと騒ぎ抵抗するアルをムリヤリに外に放り出す。
 そして、その光景を呆れ顔で眺めていたルイを部屋に招き入れた。





「……え?」
「いや、気持ちは分からなくはないんだが……皇帝殿の命令だからな」

 ルイは備え付けの机の椅子に座って手と足を組み、小さくため息をついた。
 ため息のわけ。
 それはとある人探しを手伝う為に、ルイがしばらく旅に出なければならないと言う事。それはカイムにとって余りに突然な事だった。いや、突然過ぎた。
 上手く飲み込めず、思わず言葉が口をついて出た。

「どうしてルイなの? 他にも……」
「……実は、な。エルディアが関係しているらしいんだ。お前も知ってるだろ? オレがエルディアに関して調べてる事」

 まるで子供のわがままのような言い分に、ルイは困ったようなどうしようもないようなそんな曖昧な表情を浮かべて言った。確かに、変わり者の多い騎士団の中でもエルディアについて調べている人はルイしかいない。
 ……空中都市遺跡エルディア。この世界の支配者的な存在だと聞いたことがある。その名の通り空中に浮遊する巨大な都市遺跡らしい。らしい、と言うのは姿を見た者はほぼ例外無く失踪するからだ。
 ごく一部の者は半ば廃人となってこの世界で過ごしている。一度廃人と化した目撃者に会ったことがあるが、正直、二度と関わりたくない。

「そこで、だ。皇帝陛下にお前の話をしてみたら記憶を取り戻せば今までの記憶喪失者の謎も解けるかもしれない、との事だ。……お前ももうそろそろこの世界を見て回ってもいい頃だ。続きは、分かるな?」
「……」

 記憶を取り戻す事と、世界を見て回ってもいいと言うルイの発言。それらを等号で結べばおのずと答えが出てくる。
 ルイは静かな瞳で僕をじっと見つめ、淡々と言う。

「ただし相当の覚悟を決めた方がいい。簡単に頷いていい問題じゃないんだ。下手をすればお前がこの一ヶ月の間に手に入れたものを全部失うかもしれない。命を落としたっておかしくないんだ」

 そこで一度言葉を切って、続けた。

「……勿論行きたくないのならそれでいい。お前の自由だ。オレは明日の朝、依頼人と出発する」

 最後にそう付け加えると、ルイは立ち上がって座っていた椅子を元に戻してから部屋を出て行った。





 部屋に乱立する卵達を前に、レベルは一つため息をついた。
 黒い水晶の様な卵は一見硬質に見えて実際はかなり弾力性に富んでおり、ちょっとやそっとの衝撃では壊れない。例えるならカナヘビの卵のような物だ。
 元々大量の栄養を必要とする生命の卵は内部にそれこそ大量の栄養を蓄えており、それゆえ外敵も多いことから物理的に破壊されにくい構造になっているのだろう。早い話が厚さ一センチのガラス板とゴム板の上に鉄球を落として果たしてどちらが耐えられるかと言った所だ。

 卵の内側の安らかな幾つもの寝顔《シニガオ》を眺め、レベルは再びため息をついた。
 ため息の似合う、女である。

「……革命は正義である……か」

 吐息のような独り言に応えるように、卵に繋がれた無数の栄養供給装置がゴポリと泡の浮かぶ音をたてた。
 彼はそんな彼女の後ろ姿をしばらく眺めていたが、やがてゆっくりと歩み寄る。

「これはこれはレベル殿。貴女がこのような場所にいらっしゃるとは珍しい。如何なさいました?」

 闇すらも震わす水音の様な澄んだ声に、レベルはゆっくりと振り返る。

「ナイアルラトホテップ様……貴方こそ、このような場所に何故?」

 彼は、もとい声の主であるナイアルラトホテップは闇から抜け出したかの様に黒い髪を微かに揺らして笑う。
 闇を梳いたかのような黒髪に全てを飲み込む同色の瞳、そして対照的に女性であるレベルよりも病的なまでに白い肌という外見は何処か不気味さを含んでいた。

 ナイアルラトホテップはレベルの隣に立ち、彼女が見上げていた物を同じように見上げる。比較的女性として背の高いレベルとナイアルラトホテップと視点はほぼ同じだった。

「……ナイアルラトホテップ様はご存知でしょう? ミラさんの予言を」
「ああ、勿論」
「信じているのですか? 彼等が此処まで辿り着くと」
「当たり前じゃないか」

 はっきりと断言するナイアルラトホテップの口調にレベルは微かに眉をよせる。

「宿命なのだから」

 ナイアルラトホテップは口の端を不気味に歪めて嗤う。
 その表情を複雑そうな目で眺めていたレベルだったが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……私は……従えば良いのですね」