黒糖モドキの小説倉庫

ヘタレ文芸部員もとい黒糖風味の小説庫です。
なお、理不尽な鬱表現・スプラッター・クトゥルフ神話等の要素を含みます

ボクよりボクらしいキミへ・第3話

2011-11-21 22:10:40 | ボクよりボクらしいキミへ
 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。

 ……そんなベタな展開が、まさか自分の身に起こるとは予想だにしなかったのだが、起きてしまったものは仕方が無い。彼はゆっくりと固いマットのベッドから身を起こし辺りを見渡した。
 コンクリート打ちっぱなしの正方形の部屋で、ドアが一つと家具は今まで寝ていたベッドのみだ。恐ろしいまでに殺風景で殺伐とした寒々しい部屋に彼は少し身震いをした。
 とにかくここから出よう。そう結論づけるとベッドから下り、唯一の重そうな鉄製のドアに近づいた。
 内側に鍵穴は無く、どうやら引き戸のようだ。祈るような気持ちで取っ手を両手で掴みゆっくりと力を込めると、ガラリ、と言うやや重い手応えと共に、ドアが開いた。

 ドアが開いた先は、薄暗く湿ったやはりコンクリートの廊下が延々と続いていた。しばらく部屋の中から頭だけを覗かせて廊下を見渡していたが、恐る恐る外に出ると、ゆっくりと歩き出す。
 ペタペタと裸足の足がコンクリートを踏む音と自らの呼吸音だけがただ廊下に反響し、異質な沈黙を掻き乱す。その明らかに作られた静けさの中に響き渡る、普段ならば気にも止め無いような些細な音が今では自分を脅かしていた。
 暗い廊下を唯一照らす光は、部屋の扉の横に付いた数字の書かれたプレートを浮かび上がらせる無機質な白色灯のみ。その明かりに照らされるプレートには、機械的な四桁の数字のみが書かれていた。

 数回十字路に突き当たり勘のみに頼って曲がっていると、不意に明かりの漏れている部屋に辿り付いた。何故か扉は無く、眩しい程の光が暗闇に新たなる影を落としている。

「…………だ。おそらく……だろう」

 中から響く男の声に、思わず背中を壁に押し付けて息を殺す。

「いや…………は上がっているはずだ。………しかし………」

 心音や呼吸音すら、聞こえるはずが無いのに聞こえてしまいそうな気がしてどうしようもなく足が震える。聞こえないと頭では分かっていても恐怖を拭い去ることが出来ない。そんな震える足で、一歩ずつ部屋に近づく。
 一歩。また、一歩。
 そして部屋を覗き込めるくらいに近づきゆっくりと覗き込もうとした、瞬間

「……ふん。自我の精度は上がっているようだな」

 押し殺された低い女性の声と共にドン、と背中に衝撃が走った。
 背中を殴られたような、そんな感覚。何故か違和感を感じて胸元に視線を落とすと、
 真っ白なシャツをテントのように持ち上げて、僅かに破れた先端から鈍色に輝く刃の切っ先が胸から飛び出していた。

「え……ぁ……」

 目の前がすぅっと白くなるような光景を前に本能が理性と思考を手放し、呆然とする。
 が、次の瞬間には悪寒が電撃のごとく全身を駆け抜け痛みより熱が胸元を灼き体内の異物感とともに鮮血がジワリと染みを作った。

「全く……帰って早々ガラクタの始末か」

 そんな淡々とした言葉と共に、貫通するほど深々と突き刺された刃が正しくない角度で無理矢理に引かれ、ゴリッ、と言う明らかに骨を削る音と共に引き抜かた。

「……ぁ……ッ!!」

 その体内から異物を引き抜かれる異様な感触に体が一度大きく痙攣し、コンクリートの床と壁に鮮血を撒き散らしながら倒れ込む。
 弱くなる鼓動にあわせて生命が流れ出していく虚脱感とわけの分からない恐怖に視界が霞んでぼやけた。
 そして、霞む視界の中その蒼い瞳が最後に捉えたモノは、
 まるでゴミクズを見るような目で、血に汚れた刃を無慈悲に振り上げる黒い少女の姿だった



「……ろ……、カイム、起きろ!」
 聞き慣れた少女の声に、それも久しく聞いていない怒鳴り声に慌てて跳ね起きるとそこは見知らぬ部屋だった。

「……ったく。やーっと起きたか」

 呆れ半分皮肉半分と言った雰囲気のよく見知った少女の、ルイの声に思わず苦笑を漏らすと部屋を見渡した。
 余り広くは無い古いログハウス風の部屋にはベッドが五つ並んでいて、部屋の角のベッドにアッシュが腰を掛け何かを黙考していた。
 ……何故か、ラウレルとノエルの姿が無い。

「あれ? ラウレルとノエルさんは?」
「……二人が帰ってきてから説明するよ」

 何か含みのあるルイの言い方にひっかかる物があったものの、特に問い詰める必要性も無かったので、そっか、と流した。
 そこでふと、一つの疑問が浮上する。何故、ラウレルとノエルなのか。
 僕が気絶していたから、ルイは離れるに離れられなかったのだろう。しかし、ノエルとラウレルは初対面だ。行動にも何かしらの支障をきたすだろう。
 ……策士であるルイが考えそうなこととは……?

「……狼と羊のゲーム、か」

 不意に、どこか達観を含んだ声色でアッシュがボソリと呟いた。それに苦笑いするルイを見てようやくその意味を理解する。
 狼と羊のゲームとは子供向けのパズルゲームだ。三匹の狼と三匹の羊を一隻のボートを使って川の対岸に渡すと言うとてもシンプルなもの。
 ただし、どちらの岸でも狼の数が羊より一頭でも多くなると狼が羊を食い殺してしまう。だから常に羊が狼より多いか同数になるようにしなければならないのがこのゲームのルールだ。
 今の状況を当て嵌めるならば、アッシュとノエルが狼……と、言うことだ。

「バレたか。正直、オマエらとの交渉は破局状態だから信用しがたいな。しかも、ワザワザ軽い脅しまでして同伴しようとする辺り何考えてんのか不思議で不思議でたまらないんだがねぇ?」

 ルイは明らかに挑発するような言葉を選んで言い放ち、そっと後ろ手に剣の柄に触れた。
 騎士団内でも性別差など関係なく張り合える技量だからこそ出来る駆け引き。それにアッシュは気づいているのかいないのか相変わらず何を考えているのか分からない表情で、静かに言った。

「……言ったろ? レム高原の軍事衝突の真相を追っていると。……俺が用があったのは、むしろアンタだ」
「はぁ? 何を言うかと思えば」
「本当の事を教えてほしい。レム高原で……一体何があった?」

 僅かに身を乗り出し、真剣そのものの表情でアッシュはルイに言った。その表情や語調は、アッシュ嘘をついているとはカイムには到底思えなかった。
 しばらく身構えたままルイは黙考し、やがてカイムと同じ結論に至ったのかゆっくりと口を開いた。

「……漆黒のドラゴンが、レム高原の近辺で目撃された。地上に残された痕跡からおそらく……生存者は……いや、生存者の情報は……無い」

 ルイがあえて伏せた沈黙が、彼女の気遣いが、静かに言葉の端々に影を落としていた。
 おそらく、こうだろう。ドラゴンからの軍事介入。そして、生存者は……ゼロ。

「……そうか……」

 数秒の後にようやく現実を受け入れたのか、アッシュはゆっくりとその場に座り込んだ。
 ……ルイが口にした漆黒に、カイムは心当たりがあった。
「ねぇ、ルイ……漆黒のドラゴンって……」
「……ああ。おそらく、お前の憶測は当たりだよ」
「……だよ、ね……」

 予想通りの返答に言及するかしまいか迷ったが、このままうやむやにするのも嫌だったので再び口を開きかけたその時、ドアが二回ノックされた。どうぞ、とルイが呼び掛けると、どこか複雑そうな表情をしたラウレルとノエルが姿を現す。

「あ、カイム……おはよう」
「無事だったんでスね」
「あはは……」

 今更ながらにどれだけ長い間眠っていたんだと思わざるを得ない二人の発言にカイムは苦笑を浮かべる。
 そしてラウレルは近くの椅子に座り、ノエルがアッシュのそばに座ったところでルイは口を開いた。

「……二人が帰ってきたら説明するって言ったよな?」
「うん……まぁ」
「こっちに来い」

 そう言うとルイは立ち上がり、カイムの腕を掴んで窓辺へ連れていった。

 煤けて汚れた汚らしいガラスの向こうに広がっているのは、やや閑散とした村の風景だった。だが、何かがおかしい。何がおかしいかと聞かれれば分からないと答えるしか無いが、明らかにおかしい。
 何がおかしいのかとガラスに目一杯近付きよく見ようと目を細め、気づいた。

 影が、無い。
 明らかに廃墟然とした街で暮らす人々の足元には、影が無かった。建物も、人も、木にも何にも影が無い。あるべき物が無い違和感。無ければならないものが抜け落ちている悪寒。
 その薄気味悪い光景を前にカイムは思わず身震いをした。

「……もう分かったな? この街は異常だよ……」
「で、俺とノエルさんで調べに行ってたんだ」

 僕はルイとラウレルの言葉に無言で頷くと、元のベッドに腰を下ろした。まだ、悪寒は止まない。

「……どうやら〝街の人々〟に俺らの姿は見えていないらしい。俺らは彼らの姿を見ることが出来るが、お互いの声は聞こえないみたいだ」
「この街には音がありませン風も声も水も、何もかも……まるで廃墟みたいで気味が悪いでス」

 感情があるのか無いのか、ノエルは両手で肘を抱えて身震いをするという動作をしてみせる。
 ……何と無く、カイムには機械人が破壊された理由が分かった気がした。あまりにも人間にそっくりすぎる。
 人間に似ることが高い技術力の証明なのに、行き過ぎてしまった失敗作の人間らしすぎる恐怖は誰でも気持ちが悪いだろう。

「……とにかく、この部屋を拠点に二、三日かけて街を調べよう。水や食糧は地下にあったから拝借させていただこうか」

 やはりルイが場を取り仕切り、そう言うと全員が頷いた。

「明日はオレが行こう。……アッシュ、ついて来てもらえるか?」





 次の日、ルイとアッシュは日の出と同時に部屋を出て行った。

「……ルイさん、きっと素晴らしい策士なんでスね」

 二人が部屋を出てから約一時間が経った時、唐突にノエルがそんなことを言った。
「私とアッシュは……確かに、信用されなくて当然かもしれません」
「……そんなこと、ないです」
「優しいんですね」

 悲しげに眉を下げて言うノエルに、カイムは複雑げな表情で俯いた。……ルイだけではなく、カイム自身もあまり二人のことを信用していない。明らかに不自然な理由に、タイミングの良すぎるレベルと名乗った彼女の襲来。全てにおいて信用しがたい。

「……に、信用…きないかもしれないけれど……はどう、」

 不意に、ラウレルの言葉がぶつ切りに聞こえた。
 ノイズ混じりの言葉と意識。何故かぐにゃりと視界が歪んで掠れ、徐々に音が遠くなる。
 ……、まだ、寝ぼけてる、の、か……な。

 瞬間、ドサリと言う音とともにカイムはその場に崩れ落ちた。



「倒れたぁ!?」
「あはは……ゴメン、もう大丈夫」

 大丈夫ってオマエなぁ、と驚きと心配と怒りをないまぜにしたような表情で言うルイに、カイムは苦笑を漏らす。

「大丈夫大丈夫言うヤツが一番危ないんだっての。迷惑とかそんなのどうでもいいから辛いなら俺らを頼れ」

 明らかに怒っている口調でそう言うと、ルイは乱暴にカイムの背中を叩いた。
 さらに数発、先程よりは加減されている代わりにカイムを拳で殴るルイにラウレルは苦笑を浮かべる。

「まぁまぁ……ところで、何か見つかった?」
「あぁ。この街がペルデルスィの森の中にあることが分かったんだ」
「……ペルデルスィの森?」

 ペルデルスィの森。別名、迷いの森。迷い込んだものは二度と生きて戻れないと言われている魔の森だ。中は常に霧が立ち込めており地下に埋まった旧文明の遺産の影響かどのような手段を用いようと方角がわからない。
 カイムの心の中に、諦めがジワリと滲んだ。

「とにかく、下手に動くと危険だ。森を調べるのは街を探索してからにしよう」
「……残念だが、もう遅い」

 その声が響いた瞬間、空間が変質した。
 ドロドロと埃を纏って滞留していた空気が一瞬にして流れ、純然たる肌を突き刺すほどに冷え切った空気があたりを包み込む。
 いや、違う。余りに純粋過ぎる空気が激しく肺を毒していた。人の体は毒を含まない空気に耐えられない。

 そして、いつの間にか、部屋の中央には一人の黒い青年が立っていた。体は病的なまでに細く白いが、漆黒の髪に瞳、そして司祭を思わせる漆黒の服が青年の出で立ちを異形のモノへと変えていた。

「……全く、ヒトには過ぎたシロモノはいつも予言を狂わせる」

 くっく、と暗鬱に笑う青年の暗い瞳を見た瞬間、カイムは金縛りにかかったようにその場から動けなくなる。
 暗い、余りにも暗い人のものではない狂気の瞳はただ虚ろに、ノエルを見つめていた。

「……ヒトの知恵とやらの寄せ集めなど、君達には必要無いだろう?」

 口元を三日月に歪め、青年は白く細い手をノエルに向けて伸ばす。

「〝回収〟させてもらうよ」
「あ、」

 そして、その手がノエルの華奢な首を掴んだ瞬間、バヅン! という何とも形容しがたい音とともにノエルの体がその場に崩れ落ちた。
 誰もがその光景を声一つあげられずに、指一本動かせずにただ呆然と見ていた。ただ、見ていることしか出来なかった。
 ……そう本物の〝神〟を前にヒトは何も出来ない。出来るわけが無い。

「……被検体までご一緒とは……皆さん仲良く招待致しましょう」

 何の無駄も無い動作でノエルをいとも簡単に持ち上げた青年がそういって笑うと、視界が不気味に波打った。
 またこれか、と思う間もなく意識がゆっくりと遠退いていく。

「神の国へようこそ、愚かなる人間の諸君」





 本日二度目の失神から目が覚めた時、カイム以外の二人は既に意識を取り戻していた。やっぱりか、と言う苦笑混じりに立ち上がろうとした時、目眩に襲われて再び膝をつく。

「オイオイ……最近多いよな、オマエ……どこか悪いとこでもあるのか?」
「大、丈夫……ゴメン……」

 ラウレルの手を借りてようやく立ち上がると、そこは一面の花畑だった。お約束の天国かと一瞬疑ってしまったが、どうやら違うようだ。

「……アッシュは?」
「さぁ? オレらが目を覚ました時にはもういなかった。始めから怪しいと思ってたんだよ、クソッ!」

 ……予想通りの展開に、カイムは内心ため息をついた。
 むしろ、最悪の展開だ。
「……とにかく、ここがどこであろうと先に進もう。歩ける?」

 一方ラウレルはルイとカイムの両方に気を使うようにそういった。
 しばらく黙っていたルイだったが、小さく頷くとゆっくりと歩きはじめた。

「……神の国、ってあいつ、言ったよな?」
「ああ。つまり……ここは……エルディア?」

 ルイがそう呟くと、ラウレルは静かに辺りを見渡した。カイムもそれに倣って辺りを見渡す。
 ただひたすらに花畑が広がっている、ように見えたがどうやら地平線らしきものの向こうは崖になっているらしい。ただひたすらに、雲すらない空が延々と広がっている。

 不意に景色が春を連想させる花畑から、蒸し暑い鬱蒼とした森へ切り替わる。

「うわっ、暑っ!」
「何これ……」

 その瞬間夏特有の蒸し暑い湿った空気が三人を包み、真っ先にラウレルが音を上げた。
 確かにこの暑さが続くのは身体的にも精神的にも辛い。

「あー、ヤダヤダ。さっさと抜けるよ」
「え、抜けるって?」
「春が夏になったんだから秋もあるだろ。はいチャカチャカ歩いた歩いた」


 ルイの言った通り、やがて季節は夏から紅葉の美しい秋へと切り替わる。
 そして、短い秋から雪の舞う冬へ。
 余りにも激しい気候の変化に体がついて行けずに再び歩みを速めたルイに引きずられるようにして歩き続ける内に、不意に三人の足が止まった。

 白銀の世界の中に、黒い少女がいた。
「レベル……」
「生命のリングは季節を用いて生と死の円環を表す。その道理を理解せずに短き生を駆け抜けるか、人間よ」

 どこか達観した、疲れ果てた少女の姿をした小さな神は静かに言った。
 そう、彼女は小さくとも神だった。あの恐怖を覚えざるをえない青年に一度会ったからこそ分かる。彼女も、神なのだ。

「……扉の内に求めるものはある。再び失われぬようその手に抱くがいい」

 そう言って、レベルは銀世界の先を指差した。
 その指差す先には、朧げながらも鉄製の分厚い扉が見えた。

「……何故、それを……?」
「……反逆とは、革命である。革命は時に愚であり、真であり、そして正義である。そなた達の行動に後悔が無いと言うのであれば先へ進むがいい、己が革命を見届ける子羊らよ。革命家レベルの名の元に……」