開放病棟に入院していたことがある。そこは武家屋敷作りの門構えをした、ちょっと入りにくそうな病院だった。建物には蔦がからまり、鬱蒼としている。2階の診察室の横に待合室、そこから扉ひとつで病棟は区切られている。廊下を挟んで両側に病室は並んでいた。4人部屋が並び、奥に差額の2人部屋があった。病室の扉は常に開けられており、カーテンで仕切られていた。病室の中は意外に明るく、それそれの壁際に2段の収納ボックスが備え付けられ、ベッド脇にキャビネットがあった。
職場のストレスからうつになった俺にとっては、そこは心休める場所であった。病室の仲間は総合失調症が一人、神経症が一人、うつが俺を含めて二人だった。
入院当初は摂食障害による体重減のため、行動が制限されていた。アナフラニールの点滴を受け、食事とともにエンシュアリキッドを飲んでいた。もう一人のうつの患者は高脂血症のため、食事療法を受けていた。食事は当初は看護師が運んでくれたが、3日経ち、点滴が取れると自分で取りに行くようになった。食膳室は1階にあり、ガラス戸に仕切られた棚の中にアルミの盆がならび、それぞれ一人分の食事がのせられていた。食事時間になると、ガラス戸の鍵が看護師によって開けられる。1階には食堂もあり、そこで食べてもよいが、俺は病室に持っていって食べていた。食後30分くらい経つと放送がありナースセンターの前に行列ができる。みんなコップを持ち、看護師によって水を入れられ、名前を確認してから薬を渡され飲んだ。
入院生活は規則的に食事と睡眠をコントロールされるので、いい休養になった。最初の頃はほとんど寝ているだけだった。嫌なことを忘れてひたすら寝逃げする毎日だった。俺にとってはいい人生経験だった。
職場のストレスからうつになった俺にとっては、そこは心休める場所であった。病室の仲間は総合失調症が一人、神経症が一人、うつが俺を含めて二人だった。
入院当初は摂食障害による体重減のため、行動が制限されていた。アナフラニールの点滴を受け、食事とともにエンシュアリキッドを飲んでいた。もう一人のうつの患者は高脂血症のため、食事療法を受けていた。食事は当初は看護師が運んでくれたが、3日経ち、点滴が取れると自分で取りに行くようになった。食膳室は1階にあり、ガラス戸に仕切られた棚の中にアルミの盆がならび、それぞれ一人分の食事がのせられていた。食事時間になると、ガラス戸の鍵が看護師によって開けられる。1階には食堂もあり、そこで食べてもよいが、俺は病室に持っていって食べていた。食後30分くらい経つと放送がありナースセンターの前に行列ができる。みんなコップを持ち、看護師によって水を入れられ、名前を確認してから薬を渡され飲んだ。
入院生活は規則的に食事と睡眠をコントロールされるので、いい休養になった。最初の頃はほとんど寝ているだけだった。嫌なことを忘れてひたすら寝逃げする毎日だった。俺にとってはいい人生経験だった。