茨城県阿見町にある予科練平和記念館で、特別展「回天」が催されているので行ってきました
「予科練」とは「海軍飛行予科練習生」及びその制度の略称で、第一次大戦以降、航空機の需要が世界的に高まり、欧米列強に遅れまいとした旧海軍が、より若いうちから基礎訓練を行って熟練の搭乗員を多く育てようと、昭和5年にその教育を開始しました。
建物は、若手建築家 吉村靖孝氏の設計だそうです。シルバーの外観は、予科練習生たちが憧れた空を感じる建築、空間になっています。
館内は制服の「七つボタン」をモチーフに7つの空間から構成されています。
◇1 入隊
応募から入隊までの少年たちの揺れ動く心情を明らかにし、予科練を目指した時代的な背景や制度の変遷を解説、展示しています。選抜試験の問題を見ましたが、とても難しく狭き門だったようです。
◇2 訓練
起床から就寝まで全てが訓練、予科練習生たちが肉体と精神を極限まで鍛える様子や生活を、イラストや写真、実物などで紹介しています。使用されていた机やイスが並べられ、実像に迫る展示です。
◇3 心情
「予科練習生の手紙」、日記、手記などが閲覧できます。生活の様子、揺れ動く心の中の思いが伝わってきます。
◇4 飛翔
予科練を卒業後、飛練や実用機教程などを経て、戦地へと飛び立っていった出身者が各戦線で活躍した事、一方で思いを遂げられず訪れた様々な悲劇などを伝えています。
◇5 交流
予科練習生たちの休日、娯楽、売店など。映画会、運動会、指定食堂、倶楽部、阿見や土浦の人々とのあたたかい交流の様子が分かります。戦時下の暮らしや、当時の広告もあります。
◇6 窮迫
戦局の悪化によって国土が狙われ、空襲という形で現実化した恐怖を、臨場感あふれるシアター映像と空襲にちなんだ資料や証言によって感じ取れる展示空間です。シアター映像、天井にも映し出される空襲の様子、本当に迫力がありました。
◇7 特攻
昭和20年6月には予科練教育も中止されました。絶対国防圏を突破され、敗戦が続く日本軍は、圧倒的な兵力の差がある米軍の機動部隊に対抗しなければならない状況に追いこまれました。少ない兵力で形勢を逆転するため、250kg爆弾をとりつけた零戦で体当たり攻撃をする特攻が考案されました。やがて特攻は主要な作戦となり、多くの若い命が失われました。特攻隊員は、当初志願を募る形で募集されたといわれていますが、緊迫した情勢の中で、志願しなければならないような状況があったことは想像に難しくないそうです。未来ある若者が、自らの死と真正面から向かい合って出撃したことだけは確かであり、残された遺書の中にその心をみることができます。。こちらも映像がありましたが、最後のモールス信号の音が印象的でした。(敵機を見つけたときの信号音、突撃したときの信号音、音が途切れたとき。。。)
次に「回天」の特別展を見ました。こちらも感慨深い展示で、じっくり見入ってしまいました。
国のために命を捧げた純粋な若者たち、今、私たちが生きている世界は、こうした多くの犠牲の上にあるのですね
鑑賞券にパンフレット、記念スタンプです。
回天の出品リストと頂いたしおりです。
ガイドブック(200円)買いました。
すぐ隣に、霞ヶ浦を見渡せる公園があります。
終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約2万4千人が飛行練習生過程を経て戦地へ赴き、戦死者は8割の約1万9千人にのぼったそうです。
何でもない日常がどんなに大切で幸せなのか。
何かと我儘で贅沢になってしまっている今日このごろ。。またぜひ訪れてみたいと言っていました