たいへん…ご無沙汰しておりますm(_ _)m
覚えてますか?
かめちゃんです。

3月31日のブログを最後に
無期限の活動停止中でした。
4月の末からは、
ブログだけじゃなくてお仕事も…!
ながーくお休みさせてもらっておりました。
わたしが担当させていただいておりましたお客様には
ご迷惑をおかけしました。
申し訳ございませんでした。
実は、
このたび、
あらたな命を授かりまして
喜びもつかの間
体調が思わしくなく……
無期限の休暇をいただいておりました。
いろんなことがありましたが、
来週7月22日より、超時短パートという形で
復帰が決まりました!
お時間などは、お問い合わせください。
出産予定は12月なかばですので
秋にはまた産休をいただくことになります…
少しのあいだですが、
また亀井に会いに来ていただけたら嬉しいです
できるかぎり、がんばります!!
性格上…仕方ないのか、
無理をしたがる生き物でしたが(笑)
これからはそうはいかないとしびれるほどわかりましたので…
技術に手は抜きませんが
予約時間などはご希望に添いきれないこともあるかもしれませんが
どうか応援してください。
そして、
わがままを聞いてくれる職場には感謝してもしきれません。
恩返しには足りないと思いますが
休んでるよりはマシかなって思ってもらえるように、
来週からがんばります
お腹の子も
応援してくれてると信じて…。
ここから、
めでたいのかと思わせといて壮絶な内容を書きます。(笑)
中には綺麗じゃない表現も含みます。(笑)
しんどかったら読まないでください
(笑)
4月13日
妊娠
が発覚…
これからどんな感じで働いていこうかと考え始めていたころ…
じわじわとあの噂の「つわり」というものが襲ってきました。
みんなにフォローしてもらいながら
なんとかお仕事させてもらってたんですけど…
想像していたよりもそれは壮絶なモノで…
立っていられない事態に…
ゴールデンウィークを目前に
ご予約もたくさんいただいていたのに
出勤することができなくなってしまいました。
「なんとでもしてあげるから、ゆっくりやすみなさい」
泣きながら、
おみせのみなさんに甘えることにして眠り続けました。
何日か寝てたら元気になるかな
そう軽く考えてましたが
そんな風邪みたいなモンじゃないんですね
症状はひどくなる一方で
何も食べられなくなりました。
水とポカリスウェットだけは飲んで頑張ってましたが…
とうとうそれも受け付けなくなりました。
噂にきいていたつわりとはなんか違うぞ…!!
なんやねん…!!
悔しかった…。
つわりともうまく付き合いながらお仕事してたよー
っていう人の話を都合よく解釈して
自分もそうできると思ってました。
結局…
何も飲まなかったら当たり前のように弱ります。(笑)
それなのに、
容赦なく噴き出してきます。
内蔵とかも全部出てくるんちゃうかなって思いました。
胃液と血しか吐けなくなって
唾液も飲み込めなくて垂れ流し
眠ることもできなくなって
これは…どうしたもんかな…と、
やっと病院に電話…。
「すぐ来てください!」
やっぱりそうですよね~(笑)
水も飲めなくなったら危険なので電話してくださいね と言われていたような気がします。
一睡もできずにむかえた
5月19日の朝
顔も洗えない
トイレにも行けない
服も着替えられない
ぐちゃぐちゃのままタクシーを呼んで病院へ。
運転手さんの背中には
「大丈夫?!」
って書いてありました…
しかし、とても声をかけららる空気じゃなかったみたいです。(笑)
病院に着いたら、
もうこれで安心……
って待合に座ろうとしたら
何人も予約の人が待ってるのに
全員とばしてわたしが呼ばれました。
車椅子を押して看護師さんが走って迎えに来てくれました。
ハハハ♪
わたし、そんなに歩けてない?
なんて思ってヘラヘラしてるつもりでも表情が動かない。
そこからあんまり記憶にないんですが…
内診を受けて
赤ちゃんは順調であることだけは教えてもらって…
そのまま即入院。
もう「つわり」ではなく、
「重症妊娠悪阻(にんしんおそ)」という病名がつくそうです。
しかし治療という治療はありません。
ただ、耐えるしかない…。
脱水がひどく、母体の生命に危険があると判断されると点滴治療が行われます。
それでも間に合わない場合
母体の優先も考えなくてはならないそうで、怖かった。
幸い、わたしはもともと体力が有り余っていたので
点滴治療は母体のためだけに
胎児は母体に蓄えられた養分だけで大丈夫だそうで…
良かったです。
妊娠悪阻というのは
妊婦の約1%の人に起こる原因不明のつわりの重症化した症状をいうらしいのですが
さすが病気の域といいますか…
自力ではどうしようもなかったと思います。
もともと体が弱かったり
どうしても入院することができなかったり
適切な処置を受けられずにその妊娠は諦めざるを得なかった方もいらっしゃるそうです。
今思えば…
どうせ1%の妊婦がこのパターンにおちいらなければなないのなら、
もともと無駄に体力もあり、
入院させてもらえる環境にいたこのわたしがなっていた方が良かったのかも知れない!!
きっと、神様がお前なら耐えられるから今回はこの1%に入っといてくれって言ってたんかなーって
思うようにしてます。
綺麗な個室に入れてもらえましたが
部屋のにおいをかいですぐにまた一発。
その日の体重は、すでに中学生の頃ぐらいの体重で、どんだけダイエット頑張っても見ることのできなかった数字でした。(笑)
「これから24時間点滴を入れるので、飲めないならなにも飲まなくても問題ありません。食べられないので絶食点滴治療ということで、今回の入院には食事はつきません。」
まじかよ。
食事なし 素泊まりプランでこの値段かよ。(笑)
しんどくてもお金には敏感ないやらしーいわたし。

写メ撮る元気はあるんかい(笑)
なにも飲まず食わず
点滴だけの生活が始まりました。
それでも吐き続けました。
入院2週間で
妊娠発覚当初よりマイナス10キロをたたきだしました。
肌はガサガサ
唇は胃酸で荒れて血がにじみ
寝たきりなので髪もボサボサ
お風呂も入れず
喋りたくもないし声も出ない
わけのわからん日々を過ごしました。(笑)
しんどくて眠れないけど
起きてもいられないので寝たきり
それでもふきあがってくるので点滴にしがみついてトイレに駆け込む。
もう勘弁してくれ……
毎日一人になると泣いてました。
辛くて不安で怖くて。
それでも、毎日会いに来てくれる母
ただ黙ってそばにいてくれました。
わたしが返事できなくても会話が成り立つような、
ほわーーんとした話題を持ってきては笑顔で話しかけてくれました。
毎日欠かさずバケツを持参して
足湯とマッサージをしてくれました
水を飲めないので氷をたくさん作ってきて舐めさせてくれました
本当にありがたくて
はやく元気になりたくて
ひたすら耐えました。
入院3週間のころ、やっと果物やアイスを食べられるようになりました。
食べては吐いて…
を繰り返し
だんだん吐かない日が出てきて、
減り続けていた体重が止まりました。
母は大喜びで
いろんなモノを持ってきてくれて
一緒に食べました。
義父と義母も
これは食べられるか?これならどうや?と、いろいろ送ってくれました。
何もしてあげられなくてごめんねって何度もメールをくれました。
食べられるモノは少しずつですが増えて
柔らかく茹でてキンキンに冷やしたそうめん
冷や冷やすぎる冷ややっこ
凍る寸前のトマト
季節はずれで高いはずのリンゴ
わざわざ作ったり買ってきたりで
毎日持ってきてくれた母さん
ありがとう
ありがとう
食べられるってこんなに嬉しいんですね
結局…
4週間の入院生活でした。
半年間ぐらいに感じるほど辛く長い日々でしたが、
助産師さんや看護師さんが本当に良くしてくれて

(元気になれるようにってアンパンマンを書いてくれたり
)
先生も忙しそうなのにしょっちゅう顔を見に来てくれて励ましてくれて
父も母も何回も来てくれて
仕事が忙しい相方も都合つけて顔だしてくれたり
いっぱい優しい言葉をくれたピークラブのみなさん
幼なじみやともだち
そして
お腹の中にいるらしいわたしのこども
みんなが励ましてくれて
弱音もいっぱい吐いたし
言ったらあかんことも言うてしまったやろうけど
なんとかつわりのピークを乗り越え
点滴の針が抜かれて病院の外に出た時の開放感
忘れられませんなぁ。
びっくりするぐらい歩けないのが悲しかったけど。
そしてやっと、
来週で退院から1ヶ月。
家事もほどほどにやれるようになりました。
リハビリと称してお出かけもできるようになりました。
自信もついてきたし…
そろそろおしごと、頑張りたいです
みんなの心配も受け止め、
支えてもらいながら
パート勤務での復帰が叶います。
いきなりバリバリのムッキムキにはきっと働けないと思うので…
少しずつですが、
頑張りたいです。
長々と、
失礼しました。
読んでいただきありがとうございます。
ブログも久しぶりなので調子に乗りました。
またぼちぼち更新していきまーす
どんな祭りになるかなヽ(〃∀〃)ノ
カメックス復活祭~
覚えてますか?
かめちゃんです。

3月31日のブログを最後に
無期限の活動停止中でした。
4月の末からは、
ブログだけじゃなくてお仕事も…!
ながーくお休みさせてもらっておりました。
わたしが担当させていただいておりましたお客様には
ご迷惑をおかけしました。
申し訳ございませんでした。
実は、
このたび、
あらたな命を授かりまして
喜びもつかの間
体調が思わしくなく……
無期限の休暇をいただいておりました。
いろんなことがありましたが、
来週7月22日より、超時短パートという形で
復帰が決まりました!
お時間などは、お問い合わせください。
出産予定は12月なかばですので
秋にはまた産休をいただくことになります…
少しのあいだですが、
また亀井に会いに来ていただけたら嬉しいです

できるかぎり、がんばります!!
性格上…仕方ないのか、
無理をしたがる生き物でしたが(笑)
これからはそうはいかないとしびれるほどわかりましたので…
技術に手は抜きませんが
予約時間などはご希望に添いきれないこともあるかもしれませんが
どうか応援してください。
そして、
わがままを聞いてくれる職場には感謝してもしきれません。
恩返しには足りないと思いますが
休んでるよりはマシかなって思ってもらえるように、
来週からがんばります

お腹の子も
応援してくれてると信じて…。
ここから、
めでたいのかと思わせといて壮絶な内容を書きます。(笑)
中には綺麗じゃない表現も含みます。(笑)
しんどかったら読まないでください

4月13日


これからどんな感じで働いていこうかと考え始めていたころ…
じわじわとあの噂の「つわり」というものが襲ってきました。
みんなにフォローしてもらいながら
なんとかお仕事させてもらってたんですけど…
想像していたよりもそれは壮絶なモノで…
立っていられない事態に…

ゴールデンウィークを目前に
ご予約もたくさんいただいていたのに
出勤することができなくなってしまいました。
「なんとでもしてあげるから、ゆっくりやすみなさい」
泣きながら、
おみせのみなさんに甘えることにして眠り続けました。
何日か寝てたら元気になるかな

そう軽く考えてましたが
そんな風邪みたいなモンじゃないんですね

症状はひどくなる一方で
何も食べられなくなりました。
水とポカリスウェットだけは飲んで頑張ってましたが…
とうとうそれも受け付けなくなりました。
噂にきいていたつわりとはなんか違うぞ…!!
なんやねん…!!
悔しかった…。
つわりともうまく付き合いながらお仕事してたよー
っていう人の話を都合よく解釈して
自分もそうできると思ってました。
結局…
何も飲まなかったら当たり前のように弱ります。(笑)
それなのに、
容赦なく噴き出してきます。
内蔵とかも全部出てくるんちゃうかなって思いました。
胃液と血しか吐けなくなって
唾液も飲み込めなくて垂れ流し
眠ることもできなくなって
これは…どうしたもんかな…と、
やっと病院に電話…。
「すぐ来てください!」
やっぱりそうですよね~(笑)
水も飲めなくなったら危険なので電話してくださいね と言われていたような気がします。
一睡もできずにむかえた
5月19日の朝
顔も洗えない
トイレにも行けない
服も着替えられない
ぐちゃぐちゃのままタクシーを呼んで病院へ。
運転手さんの背中には
「大丈夫?!」
って書いてありました…
しかし、とても声をかけららる空気じゃなかったみたいです。(笑)
病院に着いたら、
もうこれで安心……

って待合に座ろうとしたら
何人も予約の人が待ってるのに
全員とばしてわたしが呼ばれました。
車椅子を押して看護師さんが走って迎えに来てくれました。
ハハハ♪
わたし、そんなに歩けてない?
なんて思ってヘラヘラしてるつもりでも表情が動かない。
そこからあんまり記憶にないんですが…
内診を受けて
赤ちゃんは順調であることだけは教えてもらって…
そのまま即入院。
もう「つわり」ではなく、
「重症妊娠悪阻(にんしんおそ)」という病名がつくそうです。
しかし治療という治療はありません。
ただ、耐えるしかない…。
脱水がひどく、母体の生命に危険があると判断されると点滴治療が行われます。
それでも間に合わない場合
母体の優先も考えなくてはならないそうで、怖かった。
幸い、わたしはもともと体力が有り余っていたので
点滴治療は母体のためだけに
胎児は母体に蓄えられた養分だけで大丈夫だそうで…
良かったです。
妊娠悪阻というのは
妊婦の約1%の人に起こる原因不明のつわりの重症化した症状をいうらしいのですが
さすが病気の域といいますか…
自力ではどうしようもなかったと思います。
もともと体が弱かったり
どうしても入院することができなかったり
適切な処置を受けられずにその妊娠は諦めざるを得なかった方もいらっしゃるそうです。
今思えば…
どうせ1%の妊婦がこのパターンにおちいらなければなないのなら、
もともと無駄に体力もあり、
入院させてもらえる環境にいたこのわたしがなっていた方が良かったのかも知れない!!
きっと、神様がお前なら耐えられるから今回はこの1%に入っといてくれって言ってたんかなーって

思うようにしてます。
綺麗な個室に入れてもらえましたが
部屋のにおいをかいですぐにまた一発。
その日の体重は、すでに中学生の頃ぐらいの体重で、どんだけダイエット頑張っても見ることのできなかった数字でした。(笑)
「これから24時間点滴を入れるので、飲めないならなにも飲まなくても問題ありません。食べられないので絶食点滴治療ということで、今回の入院には食事はつきません。」
まじかよ。
食事なし 素泊まりプランでこの値段かよ。(笑)
しんどくてもお金には敏感ないやらしーいわたし。

写メ撮る元気はあるんかい(笑)
なにも飲まず食わず
点滴だけの生活が始まりました。
それでも吐き続けました。
入院2週間で
妊娠発覚当初よりマイナス10キロをたたきだしました。
肌はガサガサ
唇は胃酸で荒れて血がにじみ
寝たきりなので髪もボサボサ
お風呂も入れず
喋りたくもないし声も出ない
わけのわからん日々を過ごしました。(笑)
しんどくて眠れないけど
起きてもいられないので寝たきり
それでもふきあがってくるので点滴にしがみついてトイレに駆け込む。
もう勘弁してくれ……
毎日一人になると泣いてました。
辛くて不安で怖くて。
それでも、毎日会いに来てくれる母
ただ黙ってそばにいてくれました。
わたしが返事できなくても会話が成り立つような、
ほわーーんとした話題を持ってきては笑顔で話しかけてくれました。
毎日欠かさずバケツを持参して
足湯とマッサージをしてくれました
水を飲めないので氷をたくさん作ってきて舐めさせてくれました
本当にありがたくて
はやく元気になりたくて
ひたすら耐えました。
入院3週間のころ、やっと果物やアイスを食べられるようになりました。
食べては吐いて…
を繰り返し
だんだん吐かない日が出てきて、
減り続けていた体重が止まりました。
母は大喜びで
いろんなモノを持ってきてくれて
一緒に食べました。
義父と義母も
これは食べられるか?これならどうや?と、いろいろ送ってくれました。
何もしてあげられなくてごめんねって何度もメールをくれました。
食べられるモノは少しずつですが増えて
柔らかく茹でてキンキンに冷やしたそうめん
冷や冷やすぎる冷ややっこ
凍る寸前のトマト
季節はずれで高いはずのリンゴ
わざわざ作ったり買ってきたりで
毎日持ってきてくれた母さん
ありがとう
ありがとう
食べられるってこんなに嬉しいんですね

結局…
4週間の入院生活でした。
半年間ぐらいに感じるほど辛く長い日々でしたが、
助産師さんや看護師さんが本当に良くしてくれて

(元気になれるようにってアンパンマンを書いてくれたり

先生も忙しそうなのにしょっちゅう顔を見に来てくれて励ましてくれて
父も母も何回も来てくれて
仕事が忙しい相方も都合つけて顔だしてくれたり
いっぱい優しい言葉をくれたピークラブのみなさん
幼なじみやともだち
そして
お腹の中にいるらしいわたしのこども
みんなが励ましてくれて
弱音もいっぱい吐いたし
言ったらあかんことも言うてしまったやろうけど
なんとかつわりのピークを乗り越え
点滴の針が抜かれて病院の外に出た時の開放感
忘れられませんなぁ。
びっくりするぐらい歩けないのが悲しかったけど。
そしてやっと、
来週で退院から1ヶ月。
家事もほどほどにやれるようになりました。
リハビリと称してお出かけもできるようになりました。
自信もついてきたし…
そろそろおしごと、頑張りたいです

みんなの心配も受け止め、
支えてもらいながら
パート勤務での復帰が叶います。
いきなりバリバリのムッキムキにはきっと働けないと思うので…
少しずつですが、
頑張りたいです。
長々と、
失礼しました。
読んでいただきありがとうございます。
ブログも久しぶりなので調子に乗りました。
またぼちぼち更新していきまーす

どんな祭りになるかなヽ(〃∀〃)ノ
カメックス復活祭~

