台湾南部・台南市で日本統治時(1895~1945年)の初のデパートとして開店した「林百貨」が今年末にも営業を再開することになった。台南市は市の史跡に指定した建物を、日本統治時のにぎわいを創出するために3年かけて修復を進めた。今後テナントを募集、台湾内外から観光客を誘致する方針で、終戦時の廃業から68年の時を超えて甦(よみがえ)る。
台南市などによると、林百貨は1932年、日本人実業家の林方一氏(山口県出身)が開業。林氏が亡くなった後、仲間が林氏の功績を記した「林方一追想録」では林氏は鉄道員などを経て台湾に渡り事業を起こしたと伝えている。台湾ではほかに「菊元百貨」(台北市)と「吉井百貨」(南部・高雄市)と合わせて日本統治時の「台湾三大百貨店」と称された。
林百貨は台湾初の鉄筋建築物(6階建て)で、延べ床面積約1787平方メートル。各階は1階・化粧品や食料品▽2階・洋雑貨▽3階・呉服▽4階・玩具▽5階・食堂▽6階・事務所-の売り場構成だった。さらに、当時では珍しいエレベーターを設置。エレベーターを操作する女性店員もいたという。屋上には神社もあった。修復を進めた台南市文化資産管理処の傅清(ふせいき)さんは「和洋折衷のハイカラな百貨店だったようだ」と語る。)
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45年の終戦時に林百貨は廃業した。その後、建物は台湾政府系の製塩会社や台湾軍が使ったが、86年の退去以来空きビルになった。
台南市は「現存する日本統治時の建物はほとんど公共建築物で、民間の建物で商業施設の痕跡を残したものはまれ」として98年に市の史跡に指定。さらに、林百貨が台湾鉄路(国鉄に相当)台南駅から徒歩15分の距離にあり、周辺は日本統治時の建築物や廟(びょう)も点在することに着目。「林百貨を中心に市中心部のにぎわいをつくろう」と計画を策定、2010年1月から約2億2千万円をかけて建物の修復に着手した。
だが、工事は難航した。同市には開店時の資料がほとんどなく、再現の手掛かりは荒れ果てた建物内部の内装だけ。しかも、タイルや壁は傷みがひどく、壊れた状態だった。
市や業者は、建物内にわずかに残ったタイルや壁の素材の原材料を科学的に分析して素材を復元した。さらに照明も当時の物に近づけようと台湾全土の電器店を訪ね歩いて探した。内装の塗装工事も、塗るときにむらができないように注意を払った。傅さんは「開店時の様子を少ない情報で再現するのは根気が必要な作業だった」と語る。
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再現がほぼ終了したころ、台南市にうれしい知らせがあった。
今年1月、傅さんが知人を介して探し当てた林氏の次男の妻、林千恵子さん(東京都在住)ら親族が台南市を訪問。工事現場を訪れ、追想録を贈った。千恵子さんもかつて台南市に住んでいたという。「2階の窓から外の風景を見て懐かしそうだった」と傅さん。
台南市は来月にもテナントの募集の説明会を開く予定だ。台北市や高雄市のデパートから修復状況を確認する問い合わせがあり、関心を寄せている。傅さんは「林百貨を核に日本建築物を生かして台湾内外の観光客を呼びたい」と話している。
=2013/04/22付 西日本新聞朝刊=