瑞原唯子のひとりごと

「遠くの光に踵を上げて」第62話 捩れた一途

「こんなところに呼び出して、どういうつもりだ」
 レオナルドは扉に背をくっつけ、こわばった面持ちで前を睨んだ。彼の視線の先には、頬杖をつき、何かの書類に目を落とすサイファがいた。ここは魔導省・最上階にある彼の個室である。背後の大きなガラス窓から見える空は紅に染まり、沈みゆく陽の光は最後の悪あがきのように強い輝きを放っていた。そして、赤みを帯びた逆光が、彼の濃青色の上着をふちどり、鮮やかな金の髪をよりいっそう眩しく煌めかせた。
「ひどいものだな。どれもこれも地を這っている」
 サイファは呆れ顔でため息まじりに言った。レオナルドは、初めは何のことだかわからず怪訝に眉をひそめていたが、しばらくしてはっと気がついた。青ざめたひたいに脂汗がにじんだ。
「まさか、それ……」
「おまえの成績表だ」
 サイファはひじをついたまま、無表情で書面を彼に向けた。レオナルドはカッと顔が熱くなると同時に、全身から血の気が引くのを感じた。
「き……汚いぞ!! 職権濫用だ!! そこまでして俺を馬鹿にしたいのか!!」
 狼狽しながら噛みつくレオナルドに、サイファは鋭く冷たい視線を突き刺した。
「自惚れるな。おまえごときのために、そんな労力を使うと思うか」
 静かだが威圧的な口調。レオナルドは息を詰まらせたじろいだ。ごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ、何でそれがおまえの手元にある」
 上目遣いでじっと睨み、低く抑えた声で問いかけた。
 サイファはわずかに右の口端を上げた。
「おまえの担任が持ってきたんだよ」
「なっ……」
 思いもよらない答えに、レオナルドは絶句した。なぜ担任が……。彼には皆目見当がつかなかった。
「親のところに行っても取り合ってもらえず、ラグランジェ家当主である私に泣きついてきたというわけだ」
 サイファは涼しい顔でそう言うと、ゆったりと背もたれに身を沈めた。
「かわいそうに、必死だよ。名門ラグランジェ家の者を留年させるわけにはいかないと重圧を感じているようだ。特別措置で進級させ、補習を受けさせているが、それもずるけることが多い。いつまでたっても一向にやる気を見せない。このままでは、今度こそ留年させざるをえないそうだ」
 レオナルドはいまいましげに歯噛みしてうつむいた。耳元から次第に紅潮していく。それでも精一杯の反発心を口にした。
「ラグランジェの名前に泥を塗るなとでもいいたいのか、ご当主サマ」
「特別扱いせず、遠慮なく落とすよう言っておいた」
 サイファは、レオナルドが言い終わるか終わらないかのうちに、それを打ち消すような強い語調で言った。
「なに?!」
 レオナルドは顔を上げ、目を見開いた。サイファは厳しい視線を彼に向けた。
「当然だろう。アカデミーはすべての生徒が平等であるべき場所だ。ラグランジェの名前に胡座をかく奴など、いるべきではない」
 一分の隙も迷いもない表情で、容赦なく言い放った。
「俺はあぐらなんてかいていない!」
 レオナルドは感情的に言い返した。しかし、それはなんの釈明にもなっていなかった。
「特別措置であることはおまえに伝えてある、担任はそう言っていた。ならば当然ラグランジェの名前に救われている自覚はあったのだろう。そのうえで何の努力もしないというのはどう説明する」
 サイファは論理的に問いつめた。完全に図星をつかれたレオナルドに、反論する余地はなかった。だが、素直に反省をする彼ではない。青い瞳を激しくたぎらせ、燃やし尽くさんばかりの勢いで目の前の当主を睨みつけた。
 しかしサイファはまるで意に介さず、冷淡なくらいに平静だった。レオナルドが何も言い返せないのを確認すると、彼を見据えたまま、さらに別の話題を持ち出した。
「今、ユールベルのところに転がり込んでいるそうだな」
「なっ……おまえには関係ないだろう」
 レオナルドは強気に言い返しつつも、胸の内は大きくざわめいていた。
「出ていけ」
 予想どおりの言葉がサイファの口から発せられた。しかし、予想以上にきつく端的な物言いだった。
 レオナルドは奥歯を噛みしめ、キッと睨みつけた。
「そんなことまで口を出される筋合いはない!」
 自分の気持ちを奮い立たせるように、大きく声を張り上げた。対抗するすべはそのくらいしかなかった。しかし、それもサイファの前では徒労に終わった。
「私は彼女の親代わりだ。彼女のためにならないものは排除するさ。それに、あの部屋は彼女と弟のために用意したものであって、おまえのためではない」
 彼は一気にそう言うと、ぞっとするほど冷酷なまなざしでレオナルドを睨めつけた。
「偉そうに言うのは、一人前になってからにしてもらおうか」
 有無を言わさぬ圧倒的な迫力。レオナルドは背筋に寒気が走り、腹の底に冷たいものが落ち込んだ。額から頬に汗が伝う。怯えたように目をそらし顔を歪ませると、小さくうわごとのようにつぶやいた。
「昔からおまえは嫌な奴だった。俺を目の敵にしていた。今だって俺のことを……」
「ああ、嫌いだよ」
 サイファは事もなげに言った。あまりにはっきり認めたので、レオナルドは思わず動揺した。そして、言いしれぬ不安と恐怖が沸き上がってきた。

…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。

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