ボグダン先生との出会いによって、私は素晴らしい先生こそ教室の財産だとつくづく思うようになりました。哲平さんもボクダン先生が大好きで、教室の催し物があると、やんちゃな男の子のように、楽しそうに二人でふざけていました。
温かい友情で結ばれていた二人だけに、ボグダン先生の最後の授業が終わり、ボグダン先生が哲平さんにお別れを告げた時には、寂しさもひとしおで、その時、じっとボグダン先生を見つめていた哲平さんの潤んだ優しい眼差しが今でも私の脳裏に焼き付いています。
哲平さんとボグダン先生は本当に兄弟のように仲が良かったのです。
初めて出会った日から別れる最後の瞬間まで。
そして私もまた、ボグダン先生とはとても気が合いましたので、ボグダン先生とお別れすることは本当に辛いことでした。ボグダン先生はそんな私の気持ちを察しているかのように、「僕よりきっと素晴らしい先生がすぐに見つかるって
」と私を励ましてくれました。
でも、他の生徒さんからは「ボグダン先生、大好きですけど、時々、ものすご～くさぶ～いギャグ
を言うから、笑うに笑えなくて辛いです
」と言う声もありました。
「それにボグダン先生、テンションがすご～く高くなると、フランス語会話というより、フランス映画のお芝居のようになっちゃって、それに巻き込まれる私って、女優みたいな～
」みたいな～
面白い話も聞きました。
こんな風に、生徒さんから気さくにおちょくられるところがボグダン先生の持ち味でもありましたが、実のところ、生徒さんご本人は気づいていないかもしれませんが、ボグダン先生には、生徒さんの潜在的な能力を引き出し、生徒さんのフランス語の会話能力を確実に上達させる天賦の才が備わっていました。いろんなタイプの素晴らしい先生がいることでしょうが、間違いなく、ボグダン先生は素晴らしい先生の一人でした。まず、ボグダン先生は、一人一人の生徒さんの評価表を丁寧につけて、どれだけ成果が上がっているかを克明にノートに記していました。そして、レッスンの時間が終わっても、生徒さんの質問には出来るだけ答えていました。難しい質問には、「僕の経験や語感からすると、こう思うけど、ちゃんと文法書を調べた上でまたその質問にはお返事します」と答えていました。生徒さんの難しい文法的な質問に対して、適当な
あるいは強引な
はたまた呆れ返るような思い込みの回答
をその場でしてしまう先生もいるかもしれませんが、
私はそんなことがないようにと、フランス人の先生には、「その場で答えられないことは恥ずかしいことではありませんから、文法書でしっかり調べてきてから生徒さんに説明して下さい」とお願いしています。そして必ず、「私だって、日本語文法でわからないことが沢山あるのですから」と付け加えることにしています。でもボグダン先生には勿論、そのような注意は必要ありませんでした。さらに、ボグダン先生は生徒さんの細かいミスはいちいち注意せずに、生徒さんの話をしっかりとよく聞いていました。どんなに沈黙の時間が長く続いても、生徒さんが話そうと思っている限り、ずっと話を待っていました。そのお陰で、生徒さんも焦ることなく、落ち着いて話すことが出来ました。レッスンの時間は限られているので、先生の方が出来る限り喋った方が良いと考える人がいるかもしれませんが、しかし、生徒さんの話をさえぎらず、しっかりと聞いて、その話をうまく発展させていくボグダン先生の態度は良かったと私は評価しています。生徒さんがもっと話そうと意気込んでいたり、身を乗り出すように話しこんでいる姿を見ると、私は心の中で、生徒さんに「頑張って！(Bon courage!)」と囁いていました。生徒さんの話を巧みに発展させたり、生徒さんが興味を持っている話題をさりげなく選ぶことも素晴らしい先生が自然と身につけている才能です。そして、優秀な先生は小難しいことを言わず、平易な言葉で分かり易く話し、テキストや本なども平易なものを選ぶ傾向にあります。実際、分かり易く書かれた名文は覚え易く、役に立ち、心に残ります。それから、優秀な先生は、母国語以外の言語にも関心が高く、日本語も勿論、熱心に勉強しています。フランス語を学ぶ生徒さんは殆どが大人の人達ばかりなのですから、「赤ちゃんに教えるように、いつでもずっとフランス語で」というようなレッスンが、最速で効果を上げるとは私にはどうしても思えません。
そもそも母国語以外全く話せない人が、語学の先生をしているということ自体が私には虫がいい気がしてなりません。
生徒さんの能力や状況を観て、どの程度、日本語の説明を入れるかもまた、先生の腕の見せどころだと思います。
これから語学の先生を探そうとしている人達、あるいは今、語学の先生に外国語を習っている人達に少しでも参考になればと思い、素晴らしい先生の特徴についてお話しました。
最後に、素晴らしい先生は、聡明で、洞察力があって、人柄が良いということは言うまでもありません。
独学で外国語を勉強している人達は、自分の好みに合った平易な教材で、少しずつでもいいですから、これからも頑張って学び続けて下さい。
