勉強していて困ることは、新たな発見や、感動することが
あった時、または知っていることに、触れた時に、
妄想がとまらなくなることです。
例えば、司法警察職員が、捜索、差押の令状を持って家に入ってきたが、
それは部屋違いだった・・・とか、
実況見分を行っているシーンを思い浮かべると、つい、
「踊る大捜査線」の真下刑事が撃たれた後の雨の
実況見分のシーンにつながってしまい、しばらく
戻って来れなかったりします。
そう、想像力豊かなのです。
だから、小説を読む分には、この能力は役立ちます。
しかし役立ちすぎて、ふとした瞬間、その小説を思い出すときに、
小説の文としてではなく、情景として思い出すんです。
しかも、さも見たことのように。
あまりに強すぎると、映画化されている場合、
その映画のシーンよりも、自分の思い描いた情景の方が
打ち勝ってしまうことがあるんですよね。
なので人に説明する時にその自分が思い描いた
シーンを説明してしまうと、わかってもらえないときが
あるんです。
当たり前ですけれどね。困ったものです。
さて、脱線しましたが、とにかく言いたいことは、
勉強していても、想像力が豊かなせいで、
ちっとも進まないということがいいたいのです。
はい。
困ったものだ。
あった時、または知っていることに、触れた時に、
妄想がとまらなくなることです。
例えば、司法警察職員が、捜索、差押の令状を持って家に入ってきたが、
それは部屋違いだった・・・とか、
実況見分を行っているシーンを思い浮かべると、つい、
「踊る大捜査線」の真下刑事が撃たれた後の雨の
実況見分のシーンにつながってしまい、しばらく
戻って来れなかったりします。
そう、想像力豊かなのです。
だから、小説を読む分には、この能力は役立ちます。
しかし役立ちすぎて、ふとした瞬間、その小説を思い出すときに、
小説の文としてではなく、情景として思い出すんです。
しかも、さも見たことのように。
あまりに強すぎると、映画化されている場合、
その映画のシーンよりも、自分の思い描いた情景の方が
打ち勝ってしまうことがあるんですよね。
なので人に説明する時にその自分が思い描いた
シーンを説明してしまうと、わかってもらえないときが
あるんです。
当たり前ですけれどね。困ったものです。
さて、脱線しましたが、とにかく言いたいことは、
勉強していても、想像力が豊かなせいで、
ちっとも進まないということがいいたいのです。
はい。
困ったものだ。