増田カイロプラクティック【読書三昧】

増田カイロプラクティックセンターのスタッフ全員による読書三昧。
ダントツで院長増田裕DCの読書量が多いです…。

ねじまき鳥クロニクル

2008-04-25 11:12:28 | 増田裕 DC
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

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本書を最初に読んだのは1年ほど前のことであった。丁度、脳梗塞の後遺症の50肩様の痛みで、夜寝られなかった苦しい時期であった。確か2006年の暮れのころだと思う。そのとき、印象に残ったのが、ノモンハンのことであり、1945年夏の満州国首都の新京での動物園での猛獣の虐殺事件であった。また、ソ連シベリア抑留の話である。この話をもう一度読みたいと思い、再読してみた。

この小説にはいろんな物語が平行している。なかでも、通奏低音のように流れているのは、ノモンハンのことである。主人公の僕(本名「岡田亨」)と妻クミコの結婚に関連して、クミコの実家で紹介された占い師が本田大石さんである。本田さん(当時、伍長、彼の何かしら予兆能力が軍に買われていたらしい、それは謎である)から、ノモンハン戦争のことをよく聞かされていた。半世紀近く前、日本軍は満州と外蒙古との国境地帯で、草もまともに生えていないような一片の荒野をめぐって熾烈な戦闘を繰り広げた。日本軍はほとんど徒手空拳で優秀なソ連の機械化部隊に挑みかかり、押しつぶされた。いくつもの部隊が壊滅し、全滅した。全滅を避けるために後方に移動した指揮官は上官により自殺を強制されむなしく死んだ。ソ連軍の捕虜になった兵士の多くは、敵前逃亡罪に問われることを恐れて戦後の捕虜交換に応ぜず、モンゴルの地に骨を埋めた。ノモンハンで生き残った兵達の多くは南方の島に送られて死んでいった。ノモンハンは帝国陸軍の生き恥を晒した戦いだった。そこで生き残った兵隊はいちばん激しい戦場に送られることになった。ノモンハンででたらめな指揮をやった参謀たちあとになって中央で出世した。あるものは戦後になって政治家にまでなった。しかしその下で命をかけて戦ったものは、ほとんど圧殺されてしまった。この話の要約は凡百の歴史書よりも強い印象を与える。

本田氏の死去にあたり、故人の強い遺志に従い、遺族に代わり故人の形見の配分を引き受けていたのが間宮徳太郎元中尉であった。中尉は戦争中満州に駐留し、作戦中ふとしたことで本田伍長と生死をともにしたことがあった。僕(主人公)宛の形見を貰い受けたさいに、間宮中尉の長い物語を聞くことになる。

ノモンハン事件の前年、ソ満国境のハルハ河を超えて、モンゴルで諜報活動に従事した。民間人の山本(実はスパイの高級参謀)、間宮中尉(当時、少尉)、濱野軍曹、本田伍長の4人の少人数の部隊はこの作戦に従事した。このとき、モンゴル軍にこの諜報部隊は捕獲されてしまう。濱野軍曹は殺され、山本はソ連将校により皮剥ぎの処刑を受ける。間宮中尉は井戸に放り込まれるが、本田伍長に救出される。しかし、そのとき以来、間宮中尉は自己の存在感覚を失う。本田伍長はノモンハンで負傷して本国に帰還した。 

間宮中尉は1945年8月13日、ハイラル郊外の戦闘で機銃弾を受けて負傷し、ソ連戦車に左腕を踏み潰された。ロシア語が話せたことから、手術を受けて、一命を取り留め、シベリア抑留では通訳の仕事をした。そこで、例の皮剥ぎをしたソ連将校が囚人でいたのを発見する。それは「皮剥ぎボリス」という綽名の男で、本名はボリス・グローモフという内務省秘密警察(NKGB)の少佐であった。共産党内部の対立で粛清されたのだ。しかし、内務省長官のべリアとの繋がりがあり、復帰を狙っていた。ボリスは収容所の実権を握り、間宮中佐はかれの個人秘書の役割をこなす。ボリス暗殺の機会を虎視眈々と狙うが、ついに失敗。しかし、ボリスの提案で、2発の実弾が与えられる。しかし、間宮中尉はその2発とも外してしまうが、間宮中尉は無事日本に帰還する。

新京動物園の園長であったのは、赤坂ナツメグの祖父である。しかし、これはどうやらナツメグの想像上の話のようだ。ナツメグは主人公が街頭でじっと人々の流れを眺めている間に声をかけられた唯一の女性であった。金を必要としていた主人公は彼女の特殊な仕事を引き継ぐ。動物園の話なので、著者が訳したジョン・アーヴィングの「熊を放つ」の物語が重なる。園長は、ソ連軍侵攻を直前に控えて関東軍の命令で動物補処分の命令を補助する。毒薬の手配がないため、兵士たちは銃殺する。虎、豹、熊など。動物を殺すことがいかに大変か、描写に力が入る。それから、関東軍将校であった中国人の処刑が行われる。園長はシベリア抑留先で、事故で水没死する。中国人を処刑した中尉は処刑される。

いろんな村上春樹の評論を読んだが、このノモンハンのことを強調しているのは丸谷才一氏だけである。最新の「蝶々は誰からの手紙」の中で指摘されている。
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