どこ吹く風丸谷 才一講談社このアイテムの詳細を見る |
本書の最初の随筆は「殴るな」である。
氏は次のように書いている。「日本軍の名物は殴ることだった。古参兵が新兵を殴るのである。昼も夜も、理由のあるのなしにかかわらず、これをやった。それが厭さに脱走して処罰される兵隊も多かった。このへんのこと、詳しく知りたい人は野間宏さんの『真空地帯』をお読みになるといい。」
「あれは西洋の軍隊の真似なんですね。殊にイギリス海軍の私刑は有名で、バットで尻を打つ。帝国海軍はあれ採用した。帝国陸軍も負けちゃいなくて、いろんな体罰をプロシャ陸軍から学んだ。」
「で、日本の小学校の教員が軍隊にはいって、さんざんひどい目に会ったあげく、満期除隊で帰って来ると、今度は自分が生徒を殴った。このせいで体罰が近代日本風俗として定着し、愛の鞭なんて称して、乱暴なことをするのが教育法になった。今でもこれをやっている小学校や中学校の先生が多いと聞く。服装がどうかとか、髪がどうとか言って殴りつけ、自分は教育熱心だと思っているのだろう。」
「そしてこれが、体育関係では公認されていて、高校でも、大学でも、体育部は殴るらしい。プロのスポーツでもそうだという。どうやら日本のスポーツの指導者は、角兵衛獅子の親方みたいな連中が揃っているようだ。虎は死んで皮を残し、日本軍は解体して角兵衛獅子の親方をのこしたわけだ。」
昨年夏に新藤兼人監督の「陸にあがった軍艦」という映画を見た。これは監督の実体験を映画化したものだ。監督は1944年3月下旬に召集される。このころには軍艦がなくなっていたので、入隊した呉海兵団では、軍艦を想定した陸の場所で訓練を受ける。訓練とは名ばかりで、しごき同然の「甲板掃除」や精神棒と呼ばれる棒で思い切り尻を叩かれる。この痛みで兵士達は涙を流す。甲板掃除のことは「日本海軍がよくわかる事典」(PHP文庫、290頁、293頁に出ている)。精神棒によるリンチはシベリア抑留よりひどかったと回想する兵士もいる。陸軍は「ビンタ」という鉄拳制裁が横行した。これは「日本陸軍がよくわかる事典」(PHP文庫、148-152頁参照)に詳しい。池宮彰一郎氏の体験も載っている。池宮氏はシゴキのあまりのひどさに耐えかねて、兵舎に放火して犯行を自ら名乗り出た。責任が及ぶことを恐れた部隊は穏便な処分で済ませた。
別の丸谷才一氏の「袖のボタン」の「守るも攻めるも」には旧海軍の自ら爆沈する事件が多発したことが述べられている。軍艦5隻が爆沈しているのだ。これは世界有数の記録だそうだ。そしてこれについては、「日本の艦はよく爆沈するが、少なくとも半数は制裁のひどさに対する水兵の道連れ自殺という噂が絶えない」という中井久夫さんの記述がある(『関与と観察』みすず書房)。中井さんは精神科医だが、父方の一族に軍人が多いせいで、この種の情報に詳しいのだ、と述べている。
丸谷氏自身の体験としても軍隊の暴力を受けている。どこかで述べていたが、敗戦のラジオ放送があったが、上官は難しい言葉なので理解できない。そこで丸谷氏に解説しろと言う。そこで敗戦を告げると嘘を言うなとボカボカに殴られる。そうした体験をしている。
先ごろの大相撲での弟子のリンチ殺人事件は日本軍の亡霊が生きている証拠である。