![]() | 入江泰吉のすべて―大和路と魅惑の仏像 (別冊太陽) |
クリエーター情報なし | |
平凡社 |
写真家入江泰吉氏は、昭和20年に戦災を逃れ、大阪から生まれ故郷の奈良に戻り、戦後から大和の古寺や自然の写真を撮り続けてきた人物です。
名前を知らない人でも、彼の写真は必ずどこかで目にしているはずです、それくらい奈良の歴史を写真に記録し後世に伝えようと魂をかけた人です。
そのきっかけには、、、
昭和20年の冬、入江氏は自宅近くの東大寺三月堂の四天王像が、白布に包まれ担架に担がれて疎開先より戻ってくる場面に遭遇したのです。その時「アメリカがわが国の仏教美術品を持ち去るらしい。京都・奈良を爆撃しなかったのもそのためで、無条件降伏である以上、拒むことはできないだろう」という噂を耳にしたからです。
実際は噂に過ぎなかったのですが、自分の心のよりどころであり、貴重な文化遺産である仏像を持ち去られる前に写真に記録すべきだ、という思いから奈良の写真を撮り始めたのです。
彼の写真は見れば見るほど、知れば知るほど奥が深い。被写体に対するこだわりというか頑固さというか執念ともいえるものは凄かったようで、風待ち、霧待ち、天気待ちは当たり前、何日も同じ場所に通い、自分の狙う画になるまで自然のタイミングをひたすら待つのです。外で雪が降り出すと、接客中であろうがスーツを着ていようがカメラを持って撮影に出かけられてしまうとか。奈良に住み、奈良の遺産を愛し、奈良をひたすら撮り続けていたからこそできたのでしょう。
彼の写真に写っているのは単なる風景ではありません。そこの歴史・そこに漂う空気・仏像それぞれが持つ個性などが写真に表現されています。それを最大限に表現できるように撮影することが彼の信念なのだと思います。
前置きが長くなりましたが、本書では写真の紹介だけでなく、彼の自伝抄や彼と交友のあった方々が語る入江氏の姿などが書かれ、この1冊で彼が大和路の写真にかけた思いがひしひしと伝わってきます。
写真に文章に内容盛りだくさんの本ですが、写真だけ見たいという方はまた別の本を紹介しますのでお待ちください。
1992年4月に入江泰吉記念 奈良市立美術館が開館、彼の写真全て約8万点は奈良市に寄贈されここに収められています。この開館を一番楽しみにしていた入江氏は1992年1月、開館の日を見ることなく亡くなられたそうです。最後の最後までここに置く作品の作業を行なっていたそうです。ここからも彼の大和路の写真にかける思いが伝わってきます。
私も奈良の風景・寺社を写真におさめる事が好きですが、同じ場所から同じものを撮影しても全然異なる写真が出来上がるのは、奥にあるこういう思いの違いなのでしょう。私の写真はどうも薄っぺらい・・・。
新薬師寺のお隣、奈良の静かな住宅街を進むと突然現れるモダンな建物がこの美術館になります。奈良公園から少し離れていますが(自転車で5~10分程)、興味のある方はぜひ足をのばしてみてください。