これは僕の影です。
あかるい光に満たされた、がらんとした部屋、
そのなかに入ると、自分の影が光に分割され、
分割された影が、部屋の壁にうっすらとひろがってゆく。
それだけといえばそれだけ、
なのですが、僕はこの作品に魅力を感じてしかたがありませんでした。
そこにある「人と光と影と気配」が織りなす何か、つまり、刻一刻の〈場〉がそのまま作品になっている。
ぽつりと一人で入ってきてしゃがんでいた人がフと両手を拡げてみたりする。なぜか足を止めることもなく通過する人がある。家族連れが色んなポーズをして影絵遊び、カップルが交替でポーズして記念写真をとる、いつのまにか大勢の人でいっぱいになり壁面の影も乱れ舞う、そしてまた、僕一人きりになって静まり返って、、、。
この部屋にじっと居ると、入れ替わり立ち替わり目の前を通り過ぎてゆくさまざまな人の通り過ぎ方や行為が、しだいに脳に染みてゆくのです。
《あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること》
という題名。
なぜか、そのコトバが、胸の奥に刺さります。
まさにいま、僕らは僕ら自身に起きていることに敏感にならざるを得ない時を生きている。
美術に限らず、ダンスだって書物だって、いい作品というのは、作者の思い考え以上に、こちらのことをスッと振り返らせてくれるようなところがあるのかも。そんな気がします。
コロナで封印されてきた展示や舞台が幾つもあります。
そのひとつ、オラファー・エリアソン久々の大規模展『ときに川は橋となる』に出かけました。
金沢でも原でも見逃してしまったから、僕にとって初めての鑑賞体験だったが、予想を大きくこえて考えさせられるものだった。
《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-12》という作品も特別な印象がありました。会場に入ってスグ脇に展示。
今回の展覧会でオラファー・エリアソンは、作品の輸送によって発生するCO2の量を削減するため拠点のベルリンから東京まで、飛行機を使わずに列車と船で運んだそうです。そして、飛行機を使わないと決めたあと、オラファーは“揺れ”によって線を描く“ドローイングマシーン”を自作し、作品を運ぶ乗り物に搭載し、会場に到達するまでの旅で感知した振動が、そのまま12枚の線画の絵になった、それがこの作品です。
人為でないものが描き出すフォルムやそれによって生まれる空間がこれほどまでに官能的とは驚きましたが、考えてみれば、それはそう、人は、岩肌や砂丘や樹木のうねりに眼を見張り、風や波や地の轟きに畏怖してきたのだから、美を生む仕組みが地球の側にある、というのは実に腑に落ちます。
おのれの魂胆を伝えるために描きこしらえたものとは別の驚異と感激があり、心を掃除されました。
このあたりのことは去年コラボレートをしたルクセンブルクの美術家フランク・ミルトゲンからも感じたことでした。(彼は火山の噴火口から採取した形相や火山灰を僕のダンスに当てた。LINK)
僕の場合、踊りは12感覚による感応をどれだけ敏感にしていけるか、そしてどれだけ自分を突っ張らずにいろんなものごとと関わってゆくかということで大きく変わるけれど、これはひょっとしたら美術でもどこか通じる点があるのかしらとも思えます。
もう一点、眼の奥に残ったのは、多くの作品に現れていた「円相」でした。
先に書いたような無行為から生成される形の美や光の不思議から生まれる作品が天智にかかわることとすれば、円というのは人智の極みでもあるように思えます。
ある雑誌サイトに載っていたけど、日本語に自己という概念を明快に定義する言葉がないことに、この作家は興味を抱いたという。これは僕自身も日本人でありながら、同様のことに強い興味を抱いてきました。
「自己という概念を明快に定義する言葉がない」とうのは、日本の文化の重要な一点だと思います。
日本的関係性というのか、「自己と他者を明確に切断しない」ということには「円相」にも重なる深い示唆が先祖から託されてあるような気がするのです。
自我と他我の「あわい」に生まれるものは、特に芸事などでは重要な認識かもしれないと僕は思っています。
自他を安易に区別しないでおくこと、自他のあいだにいかに連続性をもたせてゆくか、いや、存在するもの同士の間におのずからある連続性をいかに意識化するか、ということには、日本の踊りや芸事の多くが大事なものを膨らませ続け得た秘密があるようにも思います。
コロナ状況のなかで、人が人に会えない状況を思い知り、そこから、存在の連続性というものに、興味がふくらんでいるのかもしれないです。
写真=同展より。上《あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること》、中《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-12》(一部)、下《サンライト・グラフィティ》
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