金山のまぼろし

全力で生きる!!

72 お昼休み(後編)

2021-04-05 20:23:21 | 幻の走り屋奮闘記エピソード1

 

 

給食弁当を食べ終わったら、僕はいつも会社の敷地の端っこにある駐車場へ向かう。

 

なぜか分からないが、ある男性はハーレム状態だった。

ある男性とは同じ工場内で働いている僕と同年代くらいで線の細くて色白で金髪ミドルの長さの男性だ。

 

顔は大してカッコ良くないが、昼休みや定時になるとどこからともなく2人の若いギャルがその男性目当てに来るのだ。

そしてそのギャル2人は、男性を見てニコニコしている。

 

その男性の彼女が1人だけ来るなら、彼女が「ぞっこん」なんだろうな、と思えるが、2人の女性が足繁く通って会いに来るなんて考えられない。

 

なんで仕事終わりだけでなく、昼休みも来るんだ!意味がわからん!

 

1人ギャルを僕に分けてほしい、と思ってしまうこともあった。

 

 

あとは無視おばさんやガサツおじさんのことだ。

朝、出勤時に事務員のおばさんが僕に「おはよう!」と声をかけてくれたのに僕はその時気付かなくて無視した形になってしまって、その後そのおばさんと出勤が重なることがあってタイムカードを押す時にこちらから「おはようございます!」と言っても無視されてしまっていたことがその後ずっと続いて最初は僕が無視してしまったことに気付いたことや、帰りにタイムカードを押す為に行列に並んでいる時に必ず陽気な鈍感なおじいさんが後ろから来て僕がタイムカードを押す瞬間、横から手を伸ばして割り込んで先にタイムカードをたまに押されたり、小さな事だけれど許しがたい、そんなくだらないことばかりが頭に浮かんできた。

 

あの朝の挨拶だけ無視おばさんや陽気な割り込みおじさんは話すと悪い人じゃない。

そんな風に気にしないように気分を変えようとしても、またふとそんなことを気にしている自分が嫌だった。

 

 

駐車してあるハチロクは会社の敷地の外に向かって停めていた。だから、目の前は田んぼだ。ずっと田んぼだ。

そのもっともっと先に、陸橋が見えた。

あの陸橋は国道50号だ。

 

右に行けば佐野方面で左に行けば前橋方面だ。

 

目の前の田んぼは一面土色だった。

ハチロクの中は外より寒くない。

 

ハチロクに乗り込んですぐにヤングバージョンを開く。

いつもライトウエイト特集をしているので気分が上がる。

ハチロクはもちろんロードスター、シルビアでもシビックでも記事を読んでいると楽しい気分になる。

 

こんなチューニング方法があるんだな。

 

こんな馬力あったら凄いだろうな。

 

この車の持ち主はこんなに車にお金を掛けてるのか。

 

この人は週末はサーキットに通ってるんだな。

 

色んな楽しい情報が載っている。

 

タイムリミットは午後1時。

 

 

 

なぜ‥僕は‥人と喋るのが嫌いなんだ‥。

 

仕事を上手く遂行させたい‥。

 

それには人と円滑に喋ることが必要だ。

 

上手く喋るのは人にとって必須だ、とつくづく思う。

 

 

夜に峠を走っていてもお金がもらえるわけではない。

 

どんなに真剣に走ったとしても意味が無いかもしれない。

 

好きだから?

 

好きって、生きる為に役に立つのだろうか‥。

 

ぼーっとしてるだけで、貴重な休みの時間が5分経過した。

 

 

あの、国道50号に今すぐにこのハチロクで走って行って、前橋のインターで高速に乗って新潟の海まで走って行きたい。

 

こんな生活は嫌だ。

 

今すぐ、僕の好きな海へ。

 

楽しいぞ。

 

苦手な人たちと輪になって仕事なんかしたくないんだろ?

 

海へ行ったら爽快。

 

今、この会社を辞めてもいいんだぞ。

 

‥、でも辞められない。

 

ハチロクをチューンしたいから。

 

生きられないから。

 

最悪チューンできなかったとしても、生きていく為のお金だけは稼がなければならない。

 

岡ちゃんと嶋田君は少なくとも仕事を続けているんだ。

 

特にあの嶋田君でさえ、仕事を続けているんだ。

 

僕だって心を殺して仕事を淡々と続けるしかない。

 

 

田んぼの上に浮き上がった灰色の陸橋を眺め、行きかっている無数の車の屋根を僕はAE86からいつも眺めていた。