敗戦忌
窓開けて赤子泣きたる
敗戦忌
戦時中、敵兵から味方を守るため、防空壕で泣いた赤ちゃんを母が自ら殺した、という話をきいたことがある。
戦後七十七年の町の朝。開け放した窓から、赤ちゃんの元気な泣き声が町中にひろがる。まるで赤ちゃんが、ヘイワー! ジユウー! と連呼しているようだ。
啼きやみて
又なきしきる
敗戦忌
蝉が不思議に緩急(かんきゅう)をつけて啼く。いまひっそりだが、さきほどは降るようにないた。その隙き間の空は蒼い。
七十七年前、敗戦の日本の空へ蝉はどう啼いたか。いや、止まって啼く木々はスックと立っていたのか。焼け野原に。
街宣車一台遠し
敗戦忌
大通りの遠くから、街宣車が向かってくるらしい。大音響の軍歌は響かない。薄い音が聞こえるのみ。おそらく戦争をまったく知らぬだろう者たちの貧しい示威(しい)。
敗戦忌
語らぬ父の
背なの傷
父の背中に深い傷があった。戦争で撃たれた跡だとだけきいた。どこで、どういう戦闘があったのか、父はそこで何をしたのか、というようなことはついに聞かずじまいだった。
聞いておきたかったなと思う。
ウクライナ
アフガニスタン
敗戦忌
今年も国会議員が多数、靖国参拝をする。
国のために命を賭けた兵士たちや遺族のことを思ってか、どうか。
その中には反戦への決意を新たにする議員もいるかもしれない。いや、いてほしい。改憲を口にする議員ばかりでなく。
戦後七十七年、地上に戦火は止まない、まだ。
●ご訪問ありがとうございます。
八月十五日は、私の一年のなかでも重たい日です。核の脅威が迫ってきているいま、さらに重たい日です。
戦争に関わる報道番組や特集番組をみながら、「平らかで和やか」なる「平和」の尊さを強くつよく思います。