ほいほいとぼとぼ日記・爺爺刻々

ほいとぼのブラ街歩き:小樽の懐かしいあいつに会いに行ってきた1 「妙見小僧」

この記事は、「2008年8月31日 於古発川の源流を訪ねる前に小便小僧に会う」の続編です。

小樽から東京に帰ってきて、相変わらず暑なぁとぼーっとしていたら、あなた、今日から10月じゃありませんか。2024年なんて遠くのことだとぼーっと生きてるとカレンダーは非情にも一枚一枚捲れていくのでありますな。ぼーっとしていた理由は暑いから(だけじゃないか?)。北海道旅行前に小樽は涼しいぞとトラベルバッグに詰めこんだ長袖、ヒートテックは、なんの役にもたたず。季節外れの暑い小樽では、東京から持ってきた1枚きりの半袖ポロを毎日着る羽目に(ホテルに洗濯乾燥機があったので助かったけどね)。

さて、今回のお題は「小樽の懐かしいあいつに会いに行ってきた」。私が小樽に定期的に通うようになったのは、母が老後は故郷小樽で過ごしたいという希望で、ケア付きマンションに住まわせるようになった15年前から。そのころは2ヶ月おきに小樽に通ったのである。なので、このブログにも「小樽探求アカデミー」というカテゴリーでいっぱい記事をあげている。その母も10年前に亡くなり、小樽に来るのは祥月命日の9月と雪解けの墓掃除に5月の2回に減ったが、東京育ちの自分にとっても第二の故郷とも言える小樽には人だけではない(?)記事にも取り上げた「懐かしいあいつ」と呼べる相手がいるのである。

その一人目(?)は、08年に紹介した於古発川(おこばちがわ:別名妙見川)函館本線と国道5号線の歩道橋下の「小便小僧」さんである。その「あいつ」に15年ぶりに会いに行ったのだが、衝撃の事実が判明したのである。

08年の写真では、ストローハットを被り赤い布をチベットのお坊さんのように羽織ってバスガイドのような旗を持ち、「裏返しになった男性のナニ」の上に立ち、ダルマさんを挟んだ右にピンクの貝が配されていれば、灯籠もある。さながら「XX秘宝館」のような怪しげな展示。また、水道が引かれているとは思えないこの場所のどこから小便水が供給されているかよくわからないが元気に放水しているシュールな凄さがある。ただし、地元でも国道5号線という北海道のメイン幹線に面しながらあまり注目されていなかったらしいのだが、「なんだこりゃ研究者」である私にはその「なんだこりゃ」魂が響いたのだ。

       

しかし、つい半月前の23年9月の写真では、土台自体が草に覆われ完全にジャングル化して、ここに「あいつ」がいたことすらわからない状態に。

もしやジャングルに埋もれているかもと、目を凝らすが、草に隠れている様子はない。「小便小僧」さんは、なんと失踪していたのだ。いなくなっていたのである。この15年の間にいったい彼に何があったのだろうか。たしかに悩み多き人生だと思う。とにかく私には彼の真似はできない。目につかないところにあるのであるが、一日中、オチンチンを出しておしっこも出しっぱなし。人目にさらされる。15年前の彼の年齢を推測してみると、自分で安定して立てていたので歩けると推測。ましてや、立ち小便が立派にできていたのだ。6歳以上と思える。ということは今年で21歳になっていてもおかしくない。羞恥心がでるのが思春期の中学生1年ころとすると14年ころには、恥ずかしくてたっていられないかったのでは。私なら中学の同級の女子が目の前を通ったら、止まらない小便でズボンが濡れようがオチンチンをしまうだろう。

そこで彼は思う。僕はもうここに立っていられない。ものも大きくなったし。小便ばかりが人生ではないと、一念発起してこの場を去ったのであろう。たぶん、母親に高校入学を期に、もう立ちん坊はやめたいと。土台の大きなナニとピンクの貝殻を持って、、、、

ここまでは私の妄想である。実は、小樽のローカルブロガーの小梅太郎さんの「小樽日記」にこの失踪の経緯が書いていらっしゃったので、許可をいただいて引用させていただく。

(以下「小樽日記」妙見小僧 20年12月5日より引用)

“妙見小僧”とは、於古発川(このあたりからは妙見川とも呼ばれます)が国道5号線の下へと流れ込むところに、その国道を渡るための歩道橋が架かっているのですが、その歩道橋の柱の根元部分に佇んでいる小便小僧のことなんです。この妙見小僧は、小樽出身の郵政大臣を務めた国会議員、故・箕輪登氏が、政界引退後の1993年に地元商店街の発展のためにと寄贈したものという、しっかりとした由来があるんですよね(参照:「小樽散歩案内」(発行:有限会社ウィルダネス))。

掲載されたのは北海道新聞小樽・後志欄の「つれづれ@小樽報道部」というコラムで、タイトルも「消えた妙見小僧」。記事によると、維持管理していた地元商店街が、高齢化が進み妙見小僧の周りに生茂る草木を刈る人手も足りなくなり、やむなく6月に商店街自ら撤去したのだそうです。(下線部はほいとぼが補足)

とのことでした。失踪ではなく撤去ね。ちゃんと名前もあって、93年から世話していた方がいたんである。私も15年もご無沙汰してなんであるが、元気におしっこを出していた「あいつ」がいないと思うと寂しくなるのである。撤去後の小僧さんはお世話してくれた方のご自宅にでも置かれているのだろうか。

この地から消えたのは、彼ばかりではなく、ここのすぐ上流には川を暗渠にした川の別名の「妙見」を冠した市場があったが、ここも20年3月で閉場し跡も撤去されていて面影すらなくなっていたのだ。

上が08年の時の川の上に建てられていた妙見市場と下が現在の姿。(Google Mapより)

気がつくと、「あいつ」は大きくなり出ていったし、市場も寂れて閉場となったし。カレンダーは確実に一枚一枚捲れて行っているのである。「あいつ」には会えなかったが、たぶん、21歳の「あいつ」はどこかで酔っ払って家に帰る途中に、於古発川ぎわで立小便をしていたことを懐かしんでいるかもしれない。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ほいとぼのブラ街歩き」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事