学級崩壊主犯格だったモンスターだったらしい子共の育てた経緯を書いた本
らしいのですが、大人になって医者や総合商社に就職しているそうです。
受験や、ブロスポーツ選手の夢で、何度も挫折している事を紹介しています。
これまで挫折だらけで、近しい人に一般的に成功者と言われる知り合いが、
たくさん居て、今も現在進行形の挫折真っ只中の根性が捻くれまくり、
人の不幸は蜜の味と信じまくっている私としては、
人の成功を憧れまくる方には悪いですが、
子供を東大理三にいっぱい入れた人と同じで、
ただの勝ち組万歳おとぎ話にしか聞こえません。
確かに挫折する事は人生において、有ってもいいとは思いますが、
無ければ無いでもいいんじゃないでしょうか。
安穏と平和に暮らす事を皆さん望んでおられるんじゃないでしょうか。
こんな話を本にして、読む人がいっぱいいる事が私には分かりません。
挫折と言っても、大人になり、そこからの人生の方が遥かに長いし、
死ぬまでの間で、どんな事が起こるか分かりません。
バブルが弾けた時に、私の高校の時の同級生は、いい大学に入り、
大手企業に居ましたが、いっぱいリストラされました。
大人の言う事を全く信用していなくて、とっとと挫折していた私としては、
ザマアミロと言いたいところでしたが、
大人の言う事を素直に信用していた同級生達が、
なんか、とっても気の毒でした。
このような、昭和の時代の定型文のような成功体験を、
いまだに金科玉条の如く信望している方々がいる日本は、
そりゃ、GDPが世界4位に落ちるわと思ってしまいます。
現代のように、昭和の時代と違い超スピードアップされ、
情報がすぐに伝わると、10年ひと昔が1年ひと昔以下になっています。
これまでの知識偏重の教育は、AIが全部担ってしまい、
これからは、AIが持っている無限の知識を、
どう使うかが必要とされるでしょう。
それをどの分野の仕事に就いても、使いこなさければ仕事にならない。
仕事にならないというよりも、必要とされない。
遂に神戸市も役所の中で、生成AIを使い出しました。
そうなってくると、全ての役所の業務に広がって来るでしょうし、
使う所と使わない所の差が広がり、否が応でも使わざるを得ないようになる。
例えば、今話題になっている広島県の安芸高田市の議会のような、
非論理的で無駄な議論は存在出来なくなるでしょう。
それこそ挫折なんて、わざわざする必要もなくなるし、
昭和の定型文的職業も令和にアップデートすると、
受験なんて、バカな制度も無くなるでしょう。
全ては、自分がしたい事次第で、知識をいつでも入力できるし、
したくなけれは何もしなくていい社会になる。
ただ、自慢話は出来なくなるのが、悔やまれるかもしれません。