迷惑行為に遭った際に「謝り続けた」との回答は35.9%で「毅然と対応した」の35.3%とほぼ同率。迷惑行為をした顧客の推定年齢は60代が29.4%、50代が27.2%と中高年が目立った。
「冬の屋外で2時間以上、謝罪させられた」
やっぱり、東京に出てきた出稼ぎ労働者がオヤジになって、
社畜として働いてきた事への意趣返しなのでしょう。
同世代か、それより目上の者に対して、よう言わんから、
目下の今の若い者に言いたくて仕方がない。
その、とばっちりを若い子が、くらっているのでしょう、お気の毒です。
関西では、そんな事は少ないと思います。
いちいち、客に対してそんな面倒な対応はしません。
客は、お金を払ってくれて、
次も来てくれるかもしれないから愛想をするんです。
一見だけの、たいした金額を払わない人間には、やっても無駄なだけです。
そこらへんが、関西では、はっきりしていて、誰もが承知の上です。
東京の人は、商売というものを基本的には分かっていない。
問題が起こった時には、事なかれか、見て見ぬふり、
問題の先送りで誤魔化す癖が付いてしまっている。
それが、対面販売だと通用しないどころか、下手すりゃ火に油を注ぎます。
だからと言って、私のバカ息子のように、こっちが怒っているのに、
鼻くそを、ほじりながら聞かれたら、怒髪天を衝きます。
しかし、そのぐらいの、図太さが有ってもいいんじゃないでしょうか。
まあ、そこら辺は相手を良く見定めてからやらないと、
えらい事になりますが、そこの機転が効けばいいんです。
やはり関西人は、歴史的に、ボケツッコミの文化です。
常に、丁々発止で、あー言うたら、
こう言うのが当たり前で鍛えられているのですが、
最近の人は、SNSなどの一方通行のコミュニケーションでしかないから、
打たれ弱いみたいです、なので、すぐに拗ねてへこたれます。
本来、親兄弟であろうが、赤の他人です。
何を言おうが、知ったこっちゃない、どうでもいい事です。
自分にとって、損か得かだけです。
人間は、それを究極的に突き詰めてきた結果、
ここまで発展し生き延びてきた。
今の年寄りが、すぐ切れるのも、退屈過ぎるからです。
例えば、ウクライナのように、毎日が生きるか死ぬかだったら、
少々の事では、怒らないでしょう。
それこそ、文句が有るのなら、ロシアに言うてだし、
なんなら、戦争の最前線に行って、「ぶっ殺したろか !」、「土下座しろー !」
ちょっと違いますが、「店長を呼べー !」の言い放題です。
この場合、店長ではなく、「ぷちんを呼べー !」かもしれませんが。
役所とか、コンビニでの人の名札を、苗字だけにしたり、カタカナにしたり、
その上、カタカナで書いた苗字とリーダーとかの肩書に全部、
ひらがなのルビを振っています。
なんだか、余計に分からなくなって、お客様をバカにしてるように感じます。
だいたい、なんで、名札なんかしているのでしょう ?
赤の他人の名前なんか、どうでもいいでしょう。
親しみを込めやすいのでしょうか ?
そこまで自分の名前と肩書に自負が有るのなら、
「おんどりゃー、かかってこんかい !」と言っているように、
ボケたオヤジには見えてしまっているのではないでしょうか。
もう、なんなら、名札に直接、「おんどりゃー、かかってこんかい !」
と書いた方が分かりやすくて、いいような気がします。
喋るのが面倒なら、「おんどりゃー 、土下座します !」
でも、手っ取り早くていいんじゃないでしょうか。
関西なら、「なんや、土下座するんかーい !」でしょうけど。
冗談はさておき、名札なんかとっとと辞めたらどうです。
呼び名に困るんなら、ひと昔前に企業で流行った、
欧米風の呼び名を復活したらいいでしょう。
ポチでもタマでもミケでもなんでもいいでしょう。
私だったら、サルバドーレダリのミドルネームのように、
これまでの偉人の名前を数十個入れて、名札に書ききれんようにしてしまう。
或いは、虫メガネで見なくては見えないぐらい、ちっちゃく書く。
年寄りが、一回見ただけでは覚えられないようなのでいい。
ピタゴラスの定理の数式なんかでも面白いとおもいます。
30桁の円周率とか、般若心経とか、タイの国の正式名称とか、
プランク定数とか、タイヒミュラーとかも面白いんじゃないですか。
放屁と脱糞とかの名前は、年寄りにとっては、とっても身近でいい。
もうこんなことで悩むんなら、とっととAIに任せたらいいじゃないですか。
そっちの方が爺さん婆さんも、喜んでくれるでしょう。
見た目は、自分で自由に選べるようにして。