地震雲

介護の仕事を25年してきました。仕事を辞め、今はベランダで、多肉植物を育てています。

ゴスペルコンサート 岸義紘先生 サクスフォンによる演奏

2024-09-24 10:59:00 | 日記
JTJ宣教学院牧師課程の卒業した、神崎先生が、先週の土曜日、27年続けている、横浜技能会館の地下での、ゴスペルコンサートに、岸義紘先生が、参加され、ゴスペルコンサートで、サクスフォンの演奏をしてくださった。
岸先生は、30才の時、聖けい神学校を、卒業された後、将来、世界に福音を述べ伝える為の、学校を作るビジョンを与えられ、アメリカの神学校に入学する道が、開かれたそうです。その時、先生は、子供2人と奥様の4人で、行くことになる手はずがととのっていました。経済的には、アメリカ渡航の行きと帰りの費用以外は、岸先生を支援する、アメリカと日本のキリスト教の団体が、世話するこてになっていました。
しかし、奥様のお母様が、通っている教会で、牧師さんが、トラブルを起こし、信徒さんを引き連れて、新しい単立の教会をつくり、元の団体から、厳しい非難をあびせられたようです。ところが、岸先生に
とって、妻の母親の通う教会だったので、新しくその教会を立ち上げる為、挨拶をしてほしいとのことで、挨拶をしたのですが、そのことが、古い団体の教会の上の方々には、良く思われず、謝罪文を書くようにいわれたようです。しかし、同じ団体から、支援をうけていた関係もあり、謝罪文をかきますが、明日、アメリカに出発ね予定なので、暫く待って下さいといわれたそうです。アメリカに渡って、忙しい日々をおくり、謝罪文が届いていないとの事で、神学校に行くのは、暫く辞めざるをえない、事態におちいったそうです。その日は、団体が、推薦した、神学校へ、面接に行く日で、先生は、すぐ学校に電話をしたのでしたが、入学は、取り消されていたようでした。
岸先生は、以前から行きたい神学校があり、すぐそちらに電話したようです。その時、唯一の知り合いが、今いる、場所の側にいたので、電話帳で、調べると、その名前があり、電話が、通じて、その先生が、でられたそうです。5分で、そこに行くから、待って下さいと言われて、まっていると、知り合いの先生が、来てくれて、話を聞いてくださり、全てのことに対して、相談に乗ってくださって、新しい希望した、シカゴの神学校に行くことができたようです。岸先生は、その後、日本で、21世紀に、福音を世界に広めるJTJ宣教神学校を創設し、最初の校長先生になりました。
その頃、一緒に働かれた先生は、中野雄一郎先生、田中信男先生、大川従道先生、植竹先生でした。
皆、既に80才を超えて、今も現役で、活躍されています。私も、先生方と一緒に、通信で、ビデオを通して、2年で、終了するはずが、5年かけて、ビデオを見終わり、やっと、信徒伝道課を終了できました。今から、30年前になります。朝はヤクルトおばさん、講談社のイラストレーターの通信教育の勉強もしついて、2マタかけながらか、終了できたことを思い出します。

人は多くの計画がある。しかし、主の御心だけが、固くたつ。聖書より

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