義理の両親にはいつも感謝していますが、心の底から甘えたことはありません。
「なぜ養子にだされたのか」実の親に対する寂しさと怒りをずっと感じています。この気持ちを埋めようとお付き合いする男性はいつも暴力的な人ばかり。
頼りがいのある人と思って好きになると、なぜか同じ失敗を繰り返してしまいます。こんな自分を変えたいと近くのキリスト教会に通いはじめたら、偶然叡空さんのことを知りました。
私の底なしの虚しいような寂しさはどうしたらいいでしょうか。
叡空・あなたの人生は『人間としてとても苦しかった』だろう。
生きている両親から切り離された「幼い頃の記憶がハートにキリを刺し続けて」いるのだから。
これは★★★『知性で解決できるものでも「無理にするものでもない」』。
人は誰しも☆☆☆『周囲の人達から受け入れられる安心感』、
✧✧✧✧『守護欲求』を一生持ち続ける。
特に幼い頃には、安心感が不足することで
特に幼い頃には、安心感が不足することで
✦✦✦✦『意識せずにそれを「強く」埋めようとする』から。
暴力を受けることで『無意識に「自分の存在の必要性」を
暴力を受けることで『無意識に「自分の存在の必要性」を
✦✦✦歪んだ形で確認している』のだ。
多くの人達が成功して「お金を求めている」が
多くの人達が成功して「お金を求めている」が
★★★★『それが二次欲求だと気づいていない』。
本当に求めているのは
✧✧✧『承認、✡自己存在の「絶対的な」安心感』なのに。
『それ』はハートの「居場所であり、くつろぎ」。
恋人達はお互いに求め『与え合う愛の一部』を
『それ』はハートの「居場所であり、くつろぎ」。
恋人達はお互いに求め『与え合う愛の一部』を
「無意識に探し求めている」ように。
「認められ、褒められ、わかってもらいたい」
「認められ、褒められ、わかってもらいたい」
承認欲求を幼子は両親に強く求める。【続く】
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