理性本位というと何か良いことのような感じがしますが,実はそうではないらしいということをこの頃またなんとなく実感しました。
そして考えてみると,かなり長い期間それに囚われてきたような気もします。
自転車に夢中になっていて,休みの日には「どこまで走ろうかな。」とか平日でも「さあ今日はどのくらい走ろうか」とか,そんな時期以外は断続的にずっと,だったような気がします。
どんな感じかというと,理性本位=頭でっかち という感じですか。自転車を辞めてしまったあと,このことに気付くまでが特に顕著でした。一番わかりやすい症状として,せっかくの休みの日で「今日はこのゲームで一日過ごすぞ!」とか,「今日はこの本を読もう!」と考えることはよくあるのですが,そうしているうちにふと,「こんなことをして時間を過ごしていていいのだろうか?」などという考えが湧いてきて今一つ集中できなくなってくるのです。すると,冷静に検討しても仕事が全く苦になるような状態ではないにも関わらず,「明日は仕事だというのに,こんなことで時間をつぶしている。」とか,「今やるべきことはこんなことではない。」とか,ヘンな焦燥感に駆られるのです。
かといってそんなときは,自己啓発の本を読んでみるとか,英語などの勉強してみるとか,せめてブログでも更新しようか,なんて方向に動く気力もなく,そこはかとない不安がずっと影をひそめて付きまとっていたような気がします。
理屈では分かっているつもりだったのになかなかそれが振り払えません。好きでやっているゲームなのに,それを中断して散歩やジョギングで外に出てみても一時的な満足感で,「結局時間だけつかってしまった。」という思いは残ったりして,あらためて考えれば重症です。
どこでそんな状態を抜け出せたのか,きっかけはよくわからないのですが,しばらく前から「冷静に検討してみても何も不安に思う要素はないのになんとなく穏やかでいられないこの意味不明の不安感について一度じっくり文章にして考えてみよう。」とは思い始めていました。
その文章はブログに書くようなものではなかったつもりでしたが,なんだか知りませんがそうやってじっくり取り組む前に乗りきってしまったような気がしているので,話題に取り上げてみました。
要するに,「同じ生きているのなら,つまらないこと考えてないでやりたいことやってればいいじゃん。」という,だれでもとっくに知っていそうなことにようやくたどりついた,ということでしょうか。