法に背いて、中絶されるはずの子どもを救い、子どもに恵まれない人々に斡旋し続け、特別養子縁組制度成立にいたるまで、世論を喚起し続けた不屈の産婦人科医、菊田昇さん。小説という体裁をとりながら、その人生を、克明に描く。
母親が経営する遊郭で、実の姉のように慕っていた女性が、恋仲となった客との間で子どもができてしまい、危険な中絶を強いられ、死んでしまう。菊田さんの無念は、産婦人科医として経験を積むなかで、望まれない妊娠であったがゆえに中絶されざるをえない子どもたちの命の救済に向かう。
歴史の教科書には掲載されずとも、時流に抗い、偉大な仕事を成し遂げた人物は、数多い。すぐに思い浮かぶのは、小説、『沈まぬ太陽』の主人公のモデルとなった、元日本航空労働組合委員長の小倉寛太郎さん、そして、この菊田昇さんである。
中絶される運命の子どもをめぐる、菊田医師、看護師、そして来院する人びとの苦悩と心情とが、細やかなところまでとてもよく描かれている。
一九二六年石巻に生を受けた菊田昇は、母が営む遊郭で育つ。東北大学医学部へ進み、産婦人科医となった昇は、小さな命を救うため―望まぬ妊娠をした女性と子供を望む夫婦の橋渡しを始める。それは法を犯すことでもあった。その事実が、新聞のスクープで明るみになり、世間を揺るがす事件に発展。日母からの除名処分、国会招致、家宅捜索など、幾多の試練が降りかかる中、国を相手に闘い続け、一九八七年「特別養子縁組制度」を勝ち取った。東北の地で小さな命を守り続けた信念の医師がいた。本年必読の書。
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