橋本健二,2018,アンダークラス──新たな下層階級の出現,筑摩書房.(7.31.2020)
『日本の階級社会』と同じく、SSM(Social Stratification and Mobility=社会の階層化と移動)調査等のデータにもとづき、「階級未満の階級」の実像に迫る。
「失業者・無業者」も含めれば、日本のアンダークラスはもはや膨大な人口クラスターだ。貧困、病気、孤立、絶望の淵に立つ人々の苦しみが、生きたデータとその解釈により、立ち現れる。
アンダークラスの人々に、最低所得、教育・職業訓練・雇用機会の保障をしなければならないのは、「もしかしたらわたしが彼女、彼であったかもしれない」からである。
それだけではない。アンダークラスの利益を擁護することは、倫理的にも正しい。現代リベラリズムの基礎を築いた倫理哲学者のジョン・ロールズは、望ましい社会のあり方というものは、自分の地位や所属する階級・身分・性別などの属性、さらには所有する資産や身につけている能力などについて、何も知らないという条件の下で考えなければならないと説いた。なぜなら、こうしたことがらについて知っていたならば、人は自分の属性や資産、能力などに鑑みて、自分に有利になるような社会を構想してしまうにちがいないからである。このような条件のことを、ロールズは「無知のヴェール」と呼んだ。そしてロールズは、「無知のヴェール」をまとって考えるなら、人々は「自然の運や、偶然の社会状況によって、何人も有利になったり、不利になったりするべきではない」ということに合意するだろう、という。なぜなら人々は、もしかすると不運にも自分は、無一文で、能力もなく、助けてくれる人もいないという、この世でもっとも不遇な立場に置かれているかもしれないからである。だとすれば人々は、ここから進んで、このような立場に置かれてしまった人々の状況が、可能な限り悪くならないような社会のあり方が望ましいということに合意するだろう。これがロールズの考える「公正としての正義」である(『正義論』『公正としての正義』)。
私たちの前には、そのように不遇な人々がいる。アンダークラスである。アンダークラスの視点から、社会を見直してみよう。アンダークラスの視点から、これからの社会を構想しよう。もちろんこの作業は、アンダークラスの人々と、それ以外の階級に所属する広い意味での「左翼」の人々、つまり社会の「下」に位置する人々の立場に共感する人々との共同作業であるはずだ。
(pp.246-247)
目次
序章 アンダークラスの登場
第1章 新しい階級社会の誕生
第2章 アンダークラスとは何か
第3章 現代日本のアンダークラス
第4章 絶望の国の絶望する若者たち―若年・中年アンダークラス男性の現実
第5章 アンダークラスの女たち―その軌跡と現実
第6章 「下流老人」が増えていく
第7章 「失業者・無業者」という隣人たち
第8章 アンダークラスと日本の未来
終章 「下」から日本が崩れていく
非正規労働者のうち、パート主婦、専門・管理職以外の人々は、日本には約九三〇万人いる。その平均年収はわずか一八六万円で、その貧困率は高く、女性ではそれが五割に達している。いじめや不登校といった暗い子ども時代を送った人が多く、健康状態がよくないと自覚する人は四人に一人の割合である。これら「アンダークラス」に属する人びとを、若者・中年、女性、高齢者と、それぞれのケースにわけ、調査データをもとにその実態を明らかにする。今後の日本を見据えるうえで、避けては通れない現実がそこにある。