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年老いて鏡を失くし顔もいらなくなり
自分の名さえ忘れる時が来たとしても
それだけを思い出すにちがいない
あのやわらかな感触の芝草山は
姿のやさしい母のようだから
抱かれるような思いで目に浮べるだろう。
しかもあの山はふところ深く火をかかえ
ふんわりした肌の下の肉体を
頑固に岩石でかためている
八方を脾睨する目を持っている。
それなのに
さりげなく七色の虹を遊ばせる山なのだ。
霊妙不可思議なあの山の虹を見ると
大宇宙に溶けこんでしまった魂までも
魅せられて寄って来るのかと思う。
沢木隆子 詩誌「ハンイ」より
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