Entrance for Studies in Finance

事業会社のリスクマネジメント

 金融機関は現在の時価評価を中心の問題とする。したがってもっともよくつかわれるリスク管理指標はVaR value at risk。
 これに対して事業会社はcash flowの最大化を問題にする。またリスクをこのcash flowに対するリスクととらえる。そこでEaR earning at risk所得がどれだけ変動するか、収益の変動の幅が解くべき課題となる。
 VaRもEaRも各組織がどの程度のリスクを抱えているかを、比較するときに便利な指標である。
参考 VaR EaR BPV(isologue 2004-10-30) VaR(野村証券用語集) BPV(金融用語集 by Artis)
次のような違いがある(久米晋輔「金融機関における統合的リスク管理の枠組みを問う」『金融財政事情』09-01-05,40-45, esp.42-44を参照)。
 VaRは「ポジション手じまいまでに被る資産減価の最大値」。企業価値の把握は清算価値ベース。金融機関に比較的適合している。また清算価値と企業価値とが乖離しやすい一般企業には適用しにくい。EaRは事業継続を前提に一定期間の損益の変動をみている。EaRは金融機関について金利変動との関係で問題にされるが、事業会社のリスク管理には、より適合的ではないか。つまり金融機関のリスク管理は、資産価値の変動の力点。他方、事業会社の場合は収益変動の管理に力点があるのではないか。
なお多部門の事業展開をしている事業会社では事業ごとに想定最大損失を算出してリスク管理に生かすことが考えられる。リスク回避的に動くのであれば、それで資本コストを考慮して赤字が続く事業から撤退を判断するべきであろう。

 ところで事業会社のリスクとしては以下のようなものがある(福光の再整理)
  金融リスク(金利 為替 信用など 自社で抑制できるものと抑制できない市場要因が混在するが対策はおおむね可能)
  戦略リスク(市場環境の変化 企業間競争など 自社で対策がとれるものの相手の反応で対策を変化させる必要がある)
  オペレーショナルリスク(社内要因 対策:内部統制 内部牽制など自社で抑制可能なものが多い)
コンプライアンス データセキュリティ 事業継続性
  さまざまな事故(社外要因:災害、戦争、テロなど リスクは抑制できるが発生は統制できないもの)

 リスクについての基本は
  まず抑制が基本 しかしリスクをとらなければ高いリターンは望めない
  リスク抑制にはコストが必要 コストとリターンにバランスが必要

 またリスクマネジメントは
  リスクの発見・認識
  リスクの測定・評価
  リスク管理手法の選択 の段階からなる。

 この管理手法の選択ではリスクマップに保有リスクをプロットすることが有効である。そして以下のように分けられる。
  頻度高い・リスク量高い → 回避
  頻度高い・リスク量低い → 保険か保有
  頻度低い・リスク量高い → 保険(=リスクの移転)
  頻度低い・リスク量低い → 自己保有(=経費処理)

 なお死亡事故発生確率と社会的受容との関係は以下のようになるがこれはもちろん、企業における判断基準とは異なっている。
 発生頻度と社会的な受容・拒否
  1000分の1       → 拒否
  1万分の1       → 規制(交通事故レベル)
  100万分の1       → 選択(飛行機事故レベル)
  100万分の1未満     → 受容 

 リスクコントロールの方法には
 回避・損失防止・損失削減・危険の分離、分散
 あるいは内部牽制、内部統制を上げることもある。

 なお資産の証券化など新たな資金調達方法は資金のコントロールをより柔軟にするという意味で企業にとって、資金調達面でのリスクコントロールの方法としてみることもできる。

 つぎに企業の金融のリスクについて具体的にみるとそれは金利リスクと為替リスクに分かれる。企業の場合、キャッシュフロ-にいかに影響するかが問題である。
  金利リスク
貸出金利(金融機関別)
プライムレート推移
  金利リスク 約定済みの固定金利支払いが市場金利に比べて割高
        約定済みの変動金利支払いが市場金利に比べて割高
   一般論  事業収益が安定  → 高い固定金利調達比率
        事業収益が不安定 → 高い変動金利調達比率
   金利リスクへの対策
        固定金利での調達を頻繁に行う
        変動金利資産を保有する
        金利スワップ取引を行う

  為替リスク
  為替相場
  ①キャッシュフローリスク
        社内レートで記帳されている 為替予約を行いヘッジする
        短いものほどヘッジ比率が高い
        差額は営業外損益で処理 
        輸出企業は短期のヘッジが中心で最大で6け月(長期になるほど円高ドル安でヘッジコストが高いことが理由)
        輸入企業には1年超の長期のヘッジもみられる
        リスク対策としては 債権債務の相殺によるネッティング
        為替リスク対策と金融費用の節約につながるCMS
  ②換算リスク
   期限末の通貨換算(期中あるいは期末レート)により評価損益が生ずる
   海外会社収益を連結するとき連結収益がレートで増減する
   外貨建て純資産価値の換算価値が変動する

次に金融リスクのほかさまざまなリスクに企業がどのように備えるかを自己資本という点で整理すると以下のようになる。

 リスクに備えた自己資本の保有
  事業リスク(不確実な損失)への備え  
  保有資産価値の減少への備え
 オフバランス手段を確保すると過剰な自己資本をもたないで済む
  コンティンジェント・クレジットライン
  コンティンジェント・キャピタル
  プットオプションの購入
  保険の購入
   保険はタイミングリスクへの対応だといえる。その備えのためのキャッシュフローを保険会社に支払ってリスクも外部に移転するのが通常の保険。
 しかし保険の考え方を自己資本に応用すると
  キャプティブ(ある企業に専属した保険会社 その本質は保険料とリスクを保養する点にある。)
  自家保険(準備金で処理するなど)・・・無税処理ができないという限界

 最後に保険についてさらに検討しよう。
 
 これまでの保険は、リスクの引き受けという意味で企業からみればリスクの移転手段であった。これに対して新しい保険として、上記のキャプティブや以下のファイナイトが登場している。
 キャプティブではリスクはその企業に保有されたまま。ファイナイトは保有と移転の中間(リスクの分担あるいは分有)にあたる。またタイミングリスクに限定した保険も登場している。

 そもそも発生は確実だが時期はわからないリスクに対して、タイミングリスクの分散として保険を考える。保険料の支払いについて様々な方式が案出されるようになった。
  スプレッドロス
  ポストロスファンディング:レトロスペクティブ・プラン(保険料をできるだけ後払いする CFを先に確保してその収益を確保するというもの)

 これを伝統的保険ではカバーできないリスク(巨大リスクやテロ、戦争による被害などあるいはあるプロジェクト全体の複合リスク)に保険をつける仕組みと理解することもできる
 ファイナイト(finite:伝統的保険と自家保険の組み合わせ 保険の支払い額を年間あたりで抑えるなど保険会社のリスク負担を抑制。リスクを保険会社と分担する仕組みのもの)

 リスクの証券化も保険の新たな領域に貢献している
  証券化により資本市場の資金を活用することで、巨大なリスクへの対応が可能になる。大災害リスクは、引き受け保険会社のキャパシティの限界から引き受けがむつかしかった。しかし資本市場の資金の活用の道を開くことで、従来保険の対象とならなかったリスクを保険対象に含めることが可能になる。
 マグニチュードの大きさ―想定被害額 地震が発生するとその規模で償還額が減額される仕組みの地震リンク債を発行する 減額分が保険に回される このような債券をキャットボンド(catastorophy bonds)と呼ぶ。
 このような災害リスクを、オプション取引の対象として取引することも、資本市場からの資金の動員となる。
 同じような考え方で、信用リスクをカバーする資金を資本市場から集めることもできる。
 投資家の側からは、株式や金利動向とは異なったリスクとなる、ことからリスク分散のひとつとして選択対象となる。

 これまでの保険は、損失額を補てんする「実質補てん」という考え方をベースにしているが、実質補てんから切り離した保険商品も登場している。
 天候デリバ ある事実が発生すると支払われる。損失の発生とは無関係に。
 天候デリバは、すでに述べたCAT bond(catastrophy bond)を逆転させたもの。CAT bondではトリガーイベントがない限り利子(リスクプレミアム)が支払われる代わりに、イベントが発生すると元本の全部または一部が、損失補てんに充当される(参照 市川雅一「企業のリスクファイナンスと金融機関」金融財政事情05-10-17, 39-40)。

参考文献
甲斐良隆・加藤進弘『リスクファイナンス入門』金融財政事情研究会、2004年3月
佐藤司『企業ALMの理論と実際』金融財政事情研究会、2007年8月
リスクマネジメントの基礎
保険と正規分布
CMS(cash management system)
買収資金の調達:ソフトバンクとシティ

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. 0riginally appeared in Dec.18, 2008.
Reposted in Octover 20, 2011

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