ナイトの不確実性とケインズの合成の誤謬
現代の金融問題を解くのにこの二つの用語が役に立つとされる。
ナイト(Frank Hyeneman Knight 1885-1972)はその著書Risk,Uncertainty and Profit (1921)において、不確実性uncertaintyを、確率的予想が成り立つ危険riskと対比で明らかにしていたのではないかとされる。ナイトは、確率的予想が成り立つケース(risk)を、数学的に決定される先験的確率と、経験される事象から割り出される統計的確率とに、分けている。
他方、企業が直面する不確定状況uncertaintyは、1回限りの現象で大数の法則が成り立たないという状況であり、このような不確実性に対処する経営者に報酬として与えられるのが利潤に他ならないとする。そして最近話題になったのは、このような不確実性は、サブプライム問題で、投資家がサブプライム債権を組み込んだ債務担保証書CDOなどの証券化商品で直面した<不確実性>と重なるのではないかということである。
ナイトの功績は、測定可能なリスク概念と測定不可能な不確実性概念の峻別にあり、彼はそこから完全競争市場の仮定にみられる市場参加者がすべての情報を有するといった単純化された仮定を批判したのである。
合成の誤謬(fallacy of composition)は、ケインズ(John Maynard Keynes 1883-1946)がその一般理論The General Theory of Employment, Interest and Money (1936)で展開していたのではないかというので、ケインズのという頭がつくことがある。
部分的に正しい原理が全体に広げたとき(全体に適用したとき)に必ずしも正しい結果を伴わないということ。ケインズの場合は、個人個人の貯蓄をするという正しい行為が、マクロ的には需要の縮小、雇用の縮小につながるという指摘が、この点に該当する。
合成の誤謬は、バブル経済が崩壊したあとの日本経済に個々の企業・金融機関がバランス調整をする、つまり過大となった債務を減らしバランス(資産規模)を縮小するミクロ的には正しい行為が、経済の回復を遅らせているという指摘の形で使用された。
またこうした合成の誤謬を市場主義的な新古典派に属する主流派経済学者は軽視している、ケインズ的な需要拡大政策が必要だという批判、言い方を変えればケインズへの回帰が必要であるという主張が続いた。
近年、合成の誤謬は金融機関がリスク管理で、VaRや格付けなどのリスク管理指標を機械的に使うことで、結果として市場全体の状況を悪化させている(たとえば債券価格の暴落、金利の急騰など)といった言い方でも使用される。
最近、問題になるのは、この最後の使用法である。たとえばサブプライム問題で金融機関が一斉に質への逃避flight to qualityに走ることがかえって状況を悪化させる(たとえば企業向けの融資が縮小されることで)という意味合いで使われている。
Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in May 24, 2008.
更新2023-08-28
分類: 金融システム論