Rano Raraku
ラノ ララク
イースター島の東部 ・・
モアイはこの場所でつくられました。
火山活動によって生まれた標高およそ 200mの岩山 ・・
凝灰岩と呼ばれる火山性の岩石で出来たこの山は、
モアイづくりのための石の切り出し場でした。
1000体近いモアイに変わった岩山は、
深く削り取られた跡がはっきりと見て取れます。
「ラノ ララク 」 は、
イースター島を世界的に有名にした場所のひとつです。
なだらかな山の斜面には、無造作にモアイが放置されています。
中には、つくりかけのモアイもあります。
モアイづくりは、
11世紀頃に始まり
18世紀まで続いたというのが多数派の学説です。
700年 ・・
とてつもなく長い時間です。
大きなモアイになると、その重さは数 10トンになります。
当然、それをどうやって運んだのかという疑問が生じます。
島の人は、西の島からやってきたホツ マツア王の超能力によって
モアイは歩いた ・・ と信じています。
(12月 3日のブログ参照 )
現実的な考察では、モアイの運搬には木を使ったとされています。
木をテコにしたり、コロにしたりして、
モアイを少しずつ動かし運んだというのが一般的な説です。
木の確保のために森林は伐採されました。
何しろ 700年という長い時間です。
その結果、イースター島は、
森のない荒涼とした風景になったと考えられています。
しかし、何よりも不思議なのは、モアイをつくり続けた動機でしょう。
何が人々をモアイづくりに駆り立てたのか・・
そんなことを考えながらモアイの間を歩いていると、
人の営みが無性に愛おしく思えてきました。
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