以前にも私は学生(未成年)にスマホは必要ないと書いてきました。ただ、勘違いしてほしくないのは、カメラも通信機能もない通話とメールだけのガラケーなら持っても構わないという立場でいることです。まったく持つなというのは、これだけ社会が不安定な中ではさすがに酷ですから。【容認】中学校へのスマホ持ち込みに4条件 文科省が通知https://t.co/C9DhS3RH4U
— ライブドアニュース (@livedoornews) July 31, 2020
1、学校での管理方法と紛失時の責任の明確化
2、学校や家庭による危険性の指導
3、学校と生徒らが協力したルール策定
4、「フィルタリング」を保護者の責任で設定
これらを満たせば持ち込みを認めるとした。
この記事の中で触れていることは、基本的には保護者が最終的な決定権を持っていることで、大手キャリアが学生に対して真剣に問題に対して取り組んでいない訳です。どうしてガラケーの契約に限定させることができないのか。子供たちの安全よりも商売の方にウエイトがありすぎなのは本気で考えていない証拠です。
改めて触れますが、学生でいる立場での携帯端末の所有権と全責任は保護者にあります。あくまでも学生は親から端末を貸与されているということです。だから自分が仕出かした事柄に対して一応の責任を感じたとしても、同時に保護者も責任を果たさねばならないんです。
また、彼らが行った違法行為が社会問題化すると、軈ては大人を含めた全員が改正された法律により要らぬ手間暇をかけなければならなくなります。今まで普通に行えていたことができなくなる訳です。ハッキリ言って、こんな理不尽な話はありません。
そもそも子供がやったことだから大目に見ろという発想が間違っています。やはり間違ったことをすれば謝罪だけでは済まないことも当然あり、それに対して償いや罰を受けるべきなんです。子供は永遠に子供ではありません。子供は軈て大人になる訳です。その時に正しいことと間違ったことへの理解ができていないと恥をかくどころか屈折した判断基準により更に悪いことをしてしまうんです。
もう日本人の根底に流れる【幼児性】からの脱却を図らねばなりません。どれだけ体つきが大人であっても精神面が幼児では駄目なんです。
今の日本の政治と社会を見て下さい。新型コロナウイルスの第2波で社会が大変な事態に陥っているのに国会も開かず引き籠りを決め込んでいる国のトップなんて、とても大人がすることではありません。完全な幼児の発想ですよ。
ありとあらゆる場面に於いて成熟した大人の判断基準にしていくべきです。幼児の時代はたくさんですし、いい加減、世界が許してくれません😠。