斯く語りき

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現代人の政治無関心の背景にある【一億総白痴化】・①

2020-02-19 03:45:00 | 社会部
大宅壮一氏が生前に発した【一億総白痴化】という言葉があります。これは大宅氏がテレビの普及によって物事の知識を得る機会が間違った方向になることを危惧したものだとされています。

テレビが普及する前まで、日本人が知識を得る機会があったのは学校や書物からでした。そんな中で娯楽的な情報を得ていたのはテレビよりも先に誕生していたラジオからでした。

ラジオというものは現代に於いても声だけがメインの、ディスクジョッキーの語る言葉から想像するというものですが、当時は現代の様にTwitterなどの速達の伝達ができなかったこともあり、ハガキや封書で思いを認めることしかできませんでした。勿論、ディスクジョッキーの顔すら満足に判らず、殆どが想像の世界でした。

然し乍ら、いざテレビとなると視覚にダイレクトに飛び込んできますし、ある程度の奥行きも判ります。そんなテレビの登場で想像する必要がなくなってしまった訳です。

ただ、娯楽としてのテレビであれば多少はマシなのですが、これがメインとなってしまうと話は変わってきてしまいます。実際問題、日本人の行動パターンにテレビが完全に嵌ってしまい、もうテレビだけが全てな様な状態になってしまったのです。

その証拠に、東京が制作及び発信する情報の華々しさの影響で猫も杓子も東京東京になり、地方から大挙して東京にやって来る様になりました。当時は好景気に沸く時代でしたから多少の無理も叶ったのですが、そこで冷静に将来を見詰めることを忘れてしまった訳です。

どれだけ栄華を誇っても、所詮は人々が作り出した一時的なマヤカシであり、いつかは限界が来てしまうのです。案の定、日本は昭和から平成に年号が変わった途端に限界を迎え、そこから立ち直れずに31年間もの無駄な時代を過ごしてきてしまったのですから。

もしテレビという存在がなかったら、けっして現代の様なことにはならなかったと思います。勿論、文化や利便性は現代より遥かに落ちますが、それでも人間及び国民としての暮らし易さは格段に違っていたと思うのです。

本当に大宅壮一氏はものの見事に日本の未来を言い当て、日本は総白痴化に成り果ててしまいました😩


~②に続きます~