昨日3月12日、NHK「プレミアム10」で小椋佳さんの特集が放送されました。実は、私にとって、小椋佳さんの存在はとてつもなく大きな存在なのです。私は、幼稚園の頃からクラシックピアノを習っていましたが、小学校高学年になって、いわゆる「歌謡曲」をよく聴くようになりました。そして、布施明さんの「シクラメンのかほり」がヒットしたとき、作詞・作曲した小椋佳という人物が、実はプロのアーティストではなく、一介の銀行員(当時の第一勧業銀行)であったということを知り、強い興味を持ったのでした。
そして、小椋佳というミュージシャンとその作品にどっぷりとハマリました。
初めてのコンサートの模様を放送したNHKの番組(1976年)は、テレビのイヤホンジャックとモノラルラジカセのマイク入力端子をラインでつないで録音したっけ…。小椋佳の出演するFM放送はすべてエアチェック(←もう死語ですね)しました。小椋佳さんの書いた本ももちろん買いました。
今でこそ、「小椋佳」といえば、「シクラメンのかほり(布施明)」「白い一日(井上陽水)」「俺たちの旅(中村雅俊)」「夢芝居(梅沢富男)」「泣かせて(研ナオ子)」「愛燦燦(美空ひばり)」などなど、名曲と呼ばれるヒット曲が目白押しですが、私の好きな歌は、ちょっと違います。
今でも思い出深い歌は、「屋根のない車」「この汽車は」「風車まわれ」「ほんの二つで死んでいく」「オナカの大きな王子様」「野ざらしの駐車場」「モク拾いは海へ」「誰でもいいから」「EDY-GO-ROUND」「熱い瞬間」「徒らに、戯らに」「あなたが美しいのは」などなど・・・マニアックですね。あぁ、ずいぶん聴いていないなぁ。
彼はデビュー当時、ほとんど楽譜が読めませんでした。ギターもちょろっと弾く程度(当時のラジオで本人談)。歌作りは、歌詞を作ったあと、それを何回も何回も声に出して読む。それをずっとカセットテープに録音をして、読んでいくうちに言葉の持つイントネーションにそって自然にメロディーができあがってくる。「これだ」と思うまで録音を続けて、アレンジャーに持っていって作品にしていたそうです。だから、小椋佳さんの歌を聴くと、歌詞とメロディーに一体感を感じるし、不自然さや違和感を感じないのです。すーっとこころに入ってくる。強烈な印象もないけれど、ほのかな心地よさが長く心に残る感じ。
そんな彼の歌作りに向かい合う姿勢をラジオで聴いた私は、今、こどもたちを目の前にして歌を作るとき、やはり同じようなアプローチで歌を作っています。(ギターが下手なところまで一緒)・・・ことばとメロディーを遊離させたくないのです。「がめらの歌い方は小椋佳に似ているねぇ」と某小学校の先生に言われたこともあったっけ。もちろん小椋佳さんのような歌は作れませんが。
小椋佳さんは、東京上野、下町の生まれ。東大卒。第一勧銀に勤め支店長までのぼりつめた、言ってみればエリート。でも「自分の歌はアマチュア」と言って、かたくなにテレビやコンサートを拒んできた彼。49歳で銀行を退職してからが彼の本格的な音楽活動。でも、それまでにすでに数多くの作品がヒット曲として世に出ていたという事実。その事実におぼれず、自分のスタイルを貫く彼のスタンス。
ここ十数年、彼の歌から遠ざかっていました。このテレビ番組を見て、あらためて胸をうたれ、青春時代をふりかえり、また、今もやはり憧れの存在であることを実感しました。
小椋佳公式サイトはこちら→小椋佳倶楽部
そして、小椋佳というミュージシャンとその作品にどっぷりとハマリました。
初めてのコンサートの模様を放送したNHKの番組(1976年)は、テレビのイヤホンジャックとモノラルラジカセのマイク入力端子をラインでつないで録音したっけ…。小椋佳の出演するFM放送はすべてエアチェック(←もう死語ですね)しました。小椋佳さんの書いた本ももちろん買いました。
今でこそ、「小椋佳」といえば、「シクラメンのかほり(布施明)」「白い一日(井上陽水)」「俺たちの旅(中村雅俊)」「夢芝居(梅沢富男)」「泣かせて(研ナオ子)」「愛燦燦(美空ひばり)」などなど、名曲と呼ばれるヒット曲が目白押しですが、私の好きな歌は、ちょっと違います。
今でも思い出深い歌は、「屋根のない車」「この汽車は」「風車まわれ」「ほんの二つで死んでいく」「オナカの大きな王子様」「野ざらしの駐車場」「モク拾いは海へ」「誰でもいいから」「EDY-GO-ROUND」「熱い瞬間」「徒らに、戯らに」「あなたが美しいのは」などなど・・・マニアックですね。あぁ、ずいぶん聴いていないなぁ。
彼はデビュー当時、ほとんど楽譜が読めませんでした。ギターもちょろっと弾く程度(当時のラジオで本人談)。歌作りは、歌詞を作ったあと、それを何回も何回も声に出して読む。それをずっとカセットテープに録音をして、読んでいくうちに言葉の持つイントネーションにそって自然にメロディーができあがってくる。「これだ」と思うまで録音を続けて、アレンジャーに持っていって作品にしていたそうです。だから、小椋佳さんの歌を聴くと、歌詞とメロディーに一体感を感じるし、不自然さや違和感を感じないのです。すーっとこころに入ってくる。強烈な印象もないけれど、ほのかな心地よさが長く心に残る感じ。
そんな彼の歌作りに向かい合う姿勢をラジオで聴いた私は、今、こどもたちを目の前にして歌を作るとき、やはり同じようなアプローチで歌を作っています。(ギターが下手なところまで一緒)・・・ことばとメロディーを遊離させたくないのです。「がめらの歌い方は小椋佳に似ているねぇ」と某小学校の先生に言われたこともあったっけ。もちろん小椋佳さんのような歌は作れませんが。
小椋佳さんは、東京上野、下町の生まれ。東大卒。第一勧銀に勤め支店長までのぼりつめた、言ってみればエリート。でも「自分の歌はアマチュア」と言って、かたくなにテレビやコンサートを拒んできた彼。49歳で銀行を退職してからが彼の本格的な音楽活動。でも、それまでにすでに数多くの作品がヒット曲として世に出ていたという事実。その事実におぼれず、自分のスタイルを貫く彼のスタンス。
ここ十数年、彼の歌から遠ざかっていました。このテレビ番組を見て、あらためて胸をうたれ、青春時代をふりかえり、また、今もやはり憧れの存在であることを実感しました。
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