ハチの家文学館

ハチの家写真館(http://hachinoie.exblog.jp/)の文芸版

東京散歩・・・自由が丘

2009年10月14日 07時04分49秒 | ハチパパのひとり言

                          自由が丘で見つけた瀟洒な建物の一部

横浜駅から久方ぶりに東横線に乗る。丁度急行がやってきて、正月5日の平日ともなると乗客はまばらで座ることが出来た。
今日は、はじめから東京散歩リレーエッセイを書くために自宅を出発、何となく作家になったような気分であった。勿論そんな実力はなく気ままな散歩家である。

菊名を過ぎて大倉山駅を通過、ここは亡くなった妻の実家のあるところで、よく通った街である。駅の近くに大きな梅園があり、二月ごろ満開の白梅が賑わいを見せてくれる。今は義弟一家が跡を継いで住んでいるが殆ど来ていない。日本舞踊の名取だった亡き妻が、親しくさせていただいた若柳流師匠のIさんたちは元気だろうかと思いつつ、電車は鶴見川の鉄橋を渡る。あの煌びやかな舞姿が脳裏をよぎる。

やがて新丸子、原発性肝臓ガンで倒れた先妻が、ここの日本医大の病院で約3ケ月丸山ワクチンの投与を続けたが、昭和47年6月27才の若さで他界した。主治医の言葉を思い出す。「君の奥さんのガンは、多分結婚前からあったと思う。君と結婚して子供も二人産んで、幸せだったんじゃないかな」と・・・。思わず泣いてしまった苦い思い出の駅である。

多摩川の鉄橋をわたり、田園調布を過ぎて目的地自由が丘の駅に降り立った。
かつての職場は一昨年の合併で大きなビルのほうに移転、今はブックオフという書店になっていた。店の中に入ってみると、階段の形が同じで、あ!ここが営業室、ここが金庫室、ここが食堂、ここがトイレだったなどなど35年ほど前の姿を思い浮かべいていた。

ここはもともと「南風ビル」と言って、手塚さんという方がオーナーで、ビルの地下には「ファイブスポット」というモダンジャズのライブハウスがあった。経営者はオーナーの娘婿であるイソノテルオさんで、ジャズ評論家としてラジオにもレギュラー出演していた有名人である。浜松でジャズのビッグバンドを立ち上げてきたばかりの私には好都合の憩いの場所であり、会社の先輩と時々立ち寄って、ニューヨーク帰りの若きジャズピアニストの生演奏を聴いていた。ホント懐かしい!

この場所での5年と6ヶ月、都会に初めて出てきて、ゴルフ、麻雀、バーなどなど、見るもの聞くものすべてが新鮮で、仕事も遊びも一所懸命だった。盲腸で入院手術した時は、実家を出ていたおふくろが身の回りの世話をしてくれた。その数年後、自分の息子たちを20年間も、おふくろに面倒みてもらうことになるとは夢にも思わなかった。

この自由が丘の銀行支店で「店周開拓」を担当していたが、今では考えられないほどの大雪が降り積もったことがあり、長靴とオーバーに身を包んで高級住宅街を飛び込み訪問したことをよく覚えている。
隣接する目黒区自由が丘・緑ヶ丘、大田区田園調布、世田谷区玉川田園調布・奥沢などがテリトリーで、芸能人やプロ野球選手・監督、大企業の役員などなど多彩な顔ぶれが住む街だった。夫婦で有名俳優のお宅にも集金に行ったことがあり、当時夫人が抱いていた赤ちゃんが、いまテレビ、映画で大活躍しているのを見ると、何となく嬉しくなってしまう。とにかく昭和40年代で億単位の金持ちがいたのである。

当時から続いている店もあるある。そばの「藪伊豆」、ケーキの「モンブラン」、とんかつの「とんき」、王選手のコマーシャルで有名だったお菓子のナボナの「亀屋万年堂」などなど・・・。街並みはすっかり変わってしまったが懐かしい。

偶々お客様の中に浜松出身の方がいて可愛がってもらったお宅が自由が丘2丁目にあった。今でもお住まいかなと訪ねてみたら、ご夫婦でお元気にお暮らしだった。「よくきてくれたわねぇ」と相好をくずしてすごく喜んでくれた。

数十年経った今の自由が丘は、いろいろなお店が住宅街に広がりを見せて、昔の面影はないが、緩やかな坂道を歩きながら目蒲線奥沢駅から田園都市線九品仏駅まで行き、隣接する浄真寺で九品仏を拝観させていただいた。ここは桜の季節の昼休みによく来ていたところである。あの頃、21才という若さでガンで亡くなった同僚のS子さんのことを思い出した。亡き妻と同じ冨士霊園に眠っている。

九品仏とは・・・。
浄土教では阿弥陀如来に九種類の印相があるといわれています。
阿弥陀如来を信じ念じる者は、すべて極楽浄土に往生できるいわれていますが、その人の人生の信仰の度合いや徳の積み方度合いによって、九通りの往生の仕方があるというわけです。上中下それぞれに品と生があり全部で九つ、上品上生印(じょうぼんじょうしょういん)は、人々に尊敬され信仰心の篤い人の往生を示しているそうです。私など下品下生にも満たないと思っていますが、少しでも上に行けるように、これから少しでも徳を積めたらと願っています。19/1/6



最新の画像もっと見る

コメントを投稿