日々の寝言~Daily Nonsense~

読みと感覚

朝日オープンの第2局は、
阿久津さんが一勝を反した。

最近では珍しい横歩取りの将棋から激しいやりとりになっての最終盤に、
羽生さんに大きな錯覚があったらしい。

ある局面から数手進んだ局面で、
羽生さんは自玉に詰みあり、と見て
その手順を見送った。
そしてその代わりに指した手が敗着となった。

一方、阿久津さんは、詰み無しと読んでいて、
まだまだ大変(あるいは負け)と思っていたらしい。

正解は、詰み無しだった。

羽生さんがインタビューなどで、
正確に読む力に関しては、若い頃より衰えている、
と言っていたのを思い出した。

その分を、感覚でカバーしなくては、
ということだったと思う。

昨年度のA級のプレーオフ、
谷川対羽生の最終盤、
羽生さんが、相手玉に詰み有りと見て
詰ませにゆき、ほとんど時間の無いなか、
数十手追いかけて、結局詰まなかった、
ということもあった。

将棋は変化が複雑なので、プロでも、
ほんとうに最後の最後にならないと、
読み切れないことが多い。

そういう場面では、時間が切迫していることも多いから、
なおさらである。

なので、読みの力は重要だが、それだけでは勝てない。
読んだ先の盤面を見て、その良さを評価する感覚が必要だ。

前にも書いたような気がしてきたが、
もしも完璧な盤面評価ができれば、読みは必要ない。
逆に、完璧な読み切りができれば、盤面評価は必要ない。
しかし、どちらも不可能なので、
両方を相補的に使って戦っているわけだ。

実際、読まないと指せない手、がある一方で、
読みだけでは指せない手、もある。

そして、人によって、どちらに依存するかのバランスが
違っている可能性は高いと思う。

たとえば、羽生さんの若い頃は、明らかに、
読みの力がずば抜けていたのではないか、と思う。
佐藤さんもそうだが、相手が切り捨てている変化も
きっちりと読んで、その上で手を選んでいたのだと思う。

だからこそ、ほとんどすべての戦型を操れる
オールラウンドプレイヤーであることが
可能だったのだろうと思うし、
相手の盲点になるような手を発見することも多かった。

しかし、歳をとって、読む力が衰えてくると、
それをカバーするのはなかなか難しいのかもしれない。

一方、たとえば、渡辺竜王なんかは、
最初から、優れた感覚を持っているように思う。
本人も、あまり読まないで指してきた、と言っている。

朝日の中継サイトによれば、
解説役として現地にいた渡辺竜王は、
羽生さんが敗着を指した瞬間に、
「阿久津勝ちになったと思います、たぶん」と言ったらしい。
読みきっているわけではないが、そう感じたわけだ。

渡辺さんは、基本的には居飛車穴熊が得意で、
戦型選択の幅はあまり広くはないように思う。感覚を発揮するには、
ある程度慣れ親しんだフィールドでないと、難しいのかもしれない。

谷川さんは、比較的バランスが良いように思う。
それが、長所でもあり、短所でもあるのだろうが。

大山さんも、晩年はあまり読んでいなかなったのではないか?
というのは、羽生さんの言葉。

プロになるほどのひとたちなら、
どちらについても、一流以上の能力は持っているのだろうが、
その上で、どちらかについて図抜けた力があれば、
それを使ってさらに優位に立てる、ということだ。

(もう一つ、オフラインの戦型の研究と体系化で図抜ける、
という道もある。藤井さんや三浦さんがこのタイプ?
研究の範囲で撃破できれば強いが、力戦になってしまうと苦しい。
藤井さんの形勢判断はかなり怪しいことが多いし、
終盤で羽生さんによく逆転される。)

今の羽生さんは、転換期なのかもしれない。
まだ読めば読めないわけではないが、
将来を考えて、あえて、
読まないで指そうとしている可能性もある。

羽生さんの将棋が今後どうなってゆくのか、
感覚に重きを置くように変わってゆけるのかは、
ちょっと興味深い。

しかし、情報が完全に与えられていて、
読もうと思えばきっちり読める将棋でさえも、
感覚の力が重要なのだから、
不確実な世の中を渡るのに、感覚=勘が重要だ、
というのもうなずける。

今の状況が、どれくらいやばいのか、
早めに感じられる感覚があるのとないのとで、
かなり違うだろう。
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