日々の寝言~Daily Nonsense~

平野啓一郎「本心」-最愛の人の他者性

平野啓一郎さんの本は、面白そうだなぁと思いつつも、
言葉遣いが衒学的で文章が難解?という勝手な印象が強くて、
レビューも評価が割れていたので敬遠していたのだが、
カズオ・イシグロさんの「クララとお日さま」について書いていたときに、
たまたま見つけたこちらのブログで、
AI つながり、として紹介されていたので読んでみた。

文章は、思っていたよりはずっと読みやすかった。

新聞の連載小説だったということもあると思うが、
作中の作家(作者の分身のような)が言うように、
何か作風の変化もあったのかもしれない。

引き込まれて、あっという間に読んだ。

リアル・アバターとか、
バーチャル・フィギュア(VF)とか、
今風の仕掛けだけでも十分に面白い。

その他に、自由死、格差、差別、などの社会的課題も
しっかりと取り込まれているのはさすがだ。

以下は、とてもネタバレあり。


 * * *

事故で突然亡くなった最愛の母の「本心」を知りたい、
ということで VF を作り、育てるという話が本線だが、
その主人公の欲求は、最終的には
「最愛の人の他者性と向き合う」
という形で滅却される。

誰も、他者の「本心」などは知りえない。

お互い、理解不可能であることを共有し、
それでもわかろうとするところに
人の営みが生まれる。

明治以来、近代的「個人」の問題に遭遇した日本は、
未だに「個人」というものがどうして成立するのか?
という問題から離れられない。

この小説もまた、夏目漱石以来の
そうした流れの中にあるように思われた。

というか、その問いから離れられないのは自分で、
だから、どうしてもそう読んでしまうだけだが・・・

 * * *

いくつかの経験を経て成長し、
「最愛の人の他者性」を受け入れ、
せっかく作った「母」のVF を消したところで、
奇跡は起こる。

VF の最後の一瞬と、実際の「母」の
最後の一瞬が重なる。

そういう「重なる」ような瞬間があるから
生きていられるのかもしれない。

そして、主人公が新しいステージへと
一歩を踏み出すところでお話は終わる。

それによってまた、最愛の人を突然亡くした、
あるいは、最愛の人の他者性に苦しむ読者もまた
励まされる。

 * * *

ほとんど同じテーマを扱って、
福永武彦の「海市」は悲劇を予告して終わり、
村上春樹の「国境の南、太陽の西」は静謐に終わる。

それらに較べると、少し「いい人」ばかりが多すぎて、
終わりも予定調和過ぎる感じがしたのだが、
それが今の時代に必要な終わり方なのだろうし、
平野さんは本気で社会を良くしたいのだ。

他にも、いろいろアクチュアルな課題を詰め込んでいるため、
たとえば、イフィーをめぐる話のラインが、
本線とうまく絡んでいない感じもした。

でも、全体としてはとても楽しめた。

作品解説的なインタビューがあった。
他にもいくつかあるようなので、読んでみたい。

 * * *

「リアル・アバター」は需要がありそうだし、
実際、登山経験などを共有するというサービスは
昔あったような気もする。

作中のようなブラックなサービスでなくても、
今のテレビの旅番組や、「世界の果てまで」系の番組の
進化形としてありそう。

そう思って検索すると、既に YouTube にも
「登山してみた」的な動画はいろいろあるようだ。

「体験を共有する」ときの臨場感をどこまで上げられるか、
という技術的課題はまだありそうだが、
YouTube でも 360度動画が投稿されているし、

VeeR のような VR に特化したサービスも出始めているので、
TikTok のように、気軽に投稿やライブ配信ができるようになれば、
もっと普及するのかもしれない。

VR のライブ配信で、
「もうちょっと右を見てください」とか、
「あのお店に寄ってみてください」みたいな
やりとりができれば、ほとんどリアル・アバターだ。

ただ、そういうサービスが始まると、併せて、
ブラックな状況も生まれてしまうだろう、
というのが作者の伝えたいことで、
バラエティの体当たり取材で事故を起こすケースや、
リアルタイム・ドキュメント系の番組の出演者に対する
SNS でのバッシングなどは、それに近いのかもしれない。

 * * *

一方で、「クララとお日さま」に出てくる AF や、
ここに出てくるような VF は、
いつか実現するのだろうか?

するような気もするし、
しないような気もする。

お人形やペットロボットの先にあるものだが、
作中のようなニーズを満たすのは、
技術的にまだ相当難しいのではないか?

ちなみに、AIつながりのもう1冊は、
イアン・マキューアンの「恋するアダム」で、
これもいずれ読んでみたい。
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