被害者家族の本村洋さんは「死をもって償うしかない」と
一貫して極刑を主張して来ました。
私もこの事件には注目して何度かブログに書き綴って
きました、そして9年間の長きにわたった裁判にやっと
決着が着きました。
差し戻し控訴審判決にあたり、「供述を変え
たのは不自然で不合理である」と断罪。
被告は死刑!未熟だったとは云え、元少年はその
判決をどんな思いで聞いたのだろう・・・
・
自分の犯した罪の深さを考え、これからも贖罪の
日々を過ごして欲しいと思ってます。
子供も授かり幸福の絶頂期に突然、妻と可愛い
我が子を奪われた本村さんの無念さは察するに
余りあります。
「この人間を社会に帰してはいけない、この人間を
裁けない司法なら、いらないと思った。」
本村さんは、毅然とその時々の心境を語り、
理路整然とコメントする姿にはとても共感を覚えます。
人生80年生きるとして、その約1/10の長き年数を
この事件に費やしてきた・・・と本村さんは淡々と語った
これからの本村さんには、失われた9年間は
取り戻せはしないが、出来れば再婚して、充実した
人生を送って欲しいと思ってます。
「殺人事件が起こり、被害者も加害者も筆舌に
つくしがたい、辛い日々を過ごし何も良いことはない、
こんな事件は起こって欲しくない」
そんな意味のコメント・・・
その言葉を重く受け止めたいと思いました。
来年から裁判員制度が実施されます、今回の事例
も少なからず影響があるのではないでしょうか・・・
死刑判決が下ったのは(遅過ぎる判決でしたが)よかった。
決着をつけられた事は何よりの成果(果たせた意味は)あまりにも
大きいし,最も相応しい判決だったと切実に思います。
人間の尊重は,犯罪者の手によって奪われ人生を無くす。
処罰を与える目的はある(おぞましい犯罪を正す術となる様に)
真っすぐな目を持って真実を打開させるには時間を要したけど
正当な者に対しての力を与えられる盾と変わればいい。
今求められてる人間の本音。いい逃れと身勝手な行動で周りの
人間に危害を与え,貶めた人生の重さを,犯罪者が,我が身に受けない
立場に逃げ切ろうとする(その根性も神経も曲がった真実で物言う
姿勢も)人間として軽蔑する。人間のなりをした人間に
許される範囲は,自ずが招いた種結果論の残り,被害者にフェアに処罰が下る事は望まれての事(それ以外値しないと思うから)
世論の大かたはこの判決に納得したのでは
ないでしょうか・・・
罪を犯したものは、それ相応の罰を受け
なければなりません!
しかしこの裁判により、刑の厳罰化に
向かうと懸念する人もいます。
量刑を重くしても犯罪は減るとは限りません。
本村さんも云っています。
「この判決は妥当で感謝はしてるが、
喜ぶ心境ではない」
「妻子と、被告の3人の尊い命を失う
ことになる。
犯罪は結局、被告、被害者双方にとって
なにも得るものはなく、決してあって
はならない!」と強く主張しています。
この裁判は、それぞれの人に、それぞけの
思い抱かせ、これからの裁判にどうある
べきかの、問題提起をしたのではないかと
思ってます!
願わくば、犯罪のない、明るい社会を
誰しも望んでますね!