昭和20年代はまだ道路は舗装されていなく国道でも雨が降るとドロドロになっていたね~ 後に昭和31年に札幌へ出たときでもまだ舗装はされていなかった ね! 5月に鳴ると強い風が吹くのが毎年のことなのだが、馬糞風と言われていた、新聞などでもこの言葉が使われていた…よ~ まだ馬車の時代で札幌の道路は馬糞だらけだった…のだ!
この頃の石原裕次郎の映画の都心を車が走っているシ-ンでは乗用車は、ほとんど無くトラックなど貨物車ばかりのはずだ。
バスもそんなに多く無かった、ほとんど汽車の移動、札幌市内は路面電車を使った。したがって歩く距離は多かったと思う。
大通り4丁目に6階建てのビルが立ったのはこの頃で一際目立っていた。
この頃の石原裕次郎の映画の都心を車が走っているシ-ンでは乗用車は、ほとんど無くトラックなど貨物車ばかりのはずだ。
バスもそんなに多く無かった、ほとんど汽車の移動、札幌市内は路面電車を使った。したがって歩く距離は多かったと思う。
大通り4丁目に6階建てのビルが立ったのはこの頃で一際目立っていた。