花がいっぱい。

どんな花も無心に
咲いているから素敵なんだって。
無心になんかなれないよ。
どれもこれも気になっちゃってるんです

錦秋名古屋 顔見世

2014年10月24日 | 歌舞伎
御園座の入る建物ただ今建て直し中とのことで
名古屋の顔見世は、今年も日本特殊陶業市民会館。
初めてでかけましたが、御園座に比べると古いけど規模としては観やすいのかもと思ったのが最初の印象。
18日土曜日通しでみてきました。

昼の部
「車引」が、序幕
松王丸 権十郎
梅王丸 亀三郎
桜丸 梅 枝
杉王丸 萬太郎
藤原時平 團蔵

顔見世とは銘打ってるけど花形ともつかずアンダー的な感じのする配役での車引。
はじめ登場した梅王丸と桜丸。新鮮さがあり、声も堂々として、
亀三郎の梅王丸は、元気がよく、桜丸の梅枝に上品さがあるけど、
共に芝居として、もう一つ心が欲しい。というのは、ちょっと変なのだけれど、いちばんほしいところの魅力に欠けてるのね。
場数、経験不足とうことが大きいのかも。とくに亀三郎。
この人もっと芝居できるんじゃないのかな、ってくらいに
今回は、パターンは出来てるけど。。。。
ファーストフード店で「いらっしゃいませ」「なにになさいますか?」の基本形はあるものの、気持ちが入ってない!ってよくいわれるじゃないですか。
あれにちかいんですよね。梅王丸って芝居にもっと入ってもいいなじゃいか?って
思わず。
若手2人に対し杉王丸の萬太郎のやんちゃさぶりがよかったかな。
あまりにも我が道をいってしまう若手芝居もいやだけど、お行儀よすぎてやることだけやってるのもな。と今回思わず。

「棒しばり」
次郎冠者  松緑
曽根松兵衛 亀寿
太郎冠者  菊之助
こちらは、曽根松兵衛の亀寿が新鮮なんだけれど、これまた行儀が良すぎて二人の主人にみえず。
太郎冠者や次郎冠者にいっぱいくわせようという主人のしたたかさがほしいかんじ。
一方、太郎冠者や次郎冠者の松緑、菊之助は、二人で踊る回数もおおいいだろうし、次郎冠者の松緑は、回数も重ねて、舞台に華だけでなくコミカルさを十分に見せてくれていた。
滑稽さ、コメディというものの、あざとくてもいけないわけだが、一生懸命さが妙にみえてもいけないという難しいものだと思う舞台。
そこを今迄ポイント、ポイントには、滑稽さをみせていたものの、つなぎの時点でふと力がぬけて酔っぱらいでなくなっていた松緑。
今回はまさに酔っぱらいがおもいっきり楽しんでいるようで踊りも謡も巧みにこなしていた。ゆえにこちらも本当に楽しい。
観てる方に力が入らない。リラックスして笑える舞台にしてくれていた。
そして思わず、ジャッキーチェンの酔拳が頭に浮かんだ私。

「人情噺文七元結」
左官長兵衛 菊五郎
女房お兼 時蔵
角海老女房お駒 菊之助
手代文七  梅枝
娘お久 右近
角海老藤助 團蔵
鳶頭伊兵衛 松緑
和泉屋清兵衛 左團次
これこそ菊五郎の数ある中の代表作の一つじゃないか?ってくらい菊五郎の長兵衛さんは江戸っ子かたぎで左官屋として腕はあるけど、遊び好きって姿が、板についてる。
出てきたとたん、この人何かやらかしゃったね。
家にもどったとたんのおっかあとのやりとり。
立て板にみずのごとくぽんぽんぽんよくしゃべる。
登場人物の現在の状況をみているものに理解させてくれる。
長屋にすんでておおやさんをはじめいたるところに借金あり。近所でも評判のしっかりした娘が一人いる。そのしっかり者の娘が朝から家をでてかえってこない。
みんなが探しているのにのんきのもので、長兵衛は遊んで帰ってきた。

ってこの文七元結三遊亭圓朝の創作落語っていうんだから落語の巧みさすごいねえ。って落語じゃなくて、この舞台。
今迄なら菊之助が手代文七を演じてたところ、今回菊之助は角海老女房お駒というのだからやはり時が経ってるんですねえ。
ってだったら長兵衛さんのおっかあお兼って役もあるけど、菊之助はおっかあって感じがしない。なんだろう?それこそ姉の寺島しのぶさんだったらばっちりこなしそうなのね。
遊び人の父親に50両というお金っで借金を返し、しっかり働いて娘を引き取りにこいっていう女将さん。

この女将さんにほだされて50両かりて替える途中、身投げしようとするの若造にであってしまって、ここでまた江戸っコ長兵衛さんの粋すぎる人の良さがでて「人の命は金じゃかえねえ」って50両って大金渡しちゃうのは、ばくちでもぽーんとつぎ込んじゃう性格がここに出てるのね。

ありえない人の良ささけど、ここをありえないんじゃなくて、長兵衛さんならやちゃうってところを自然に見せる菊五郎。

いい人っていう人の前にこの人らしいって思わせる。
で家に帰って、おっかあに大家さんも入って、ひと騒動おきてるところに
昨日の若者が主人と主に飼ってくる。

この主人を左團次。ここが又いい人醸し出してるんですよね。

昼の部 3本充実しておりました。
ただしここでこの劇場やはり古い。
トイレまわりに古さをかんじたものの、
換気が悪いのか、食後の会場。弁当のにおいが、充満。なかにいると気がつきにくいけど1度外に出てなかにはいるとプーン。ってね。

また役者さん達がなにげに、咳をしてるのも乾燥のせいかな?っと。

このホール、当日大きいホールで、さだまさしが、コンサートしていたけど、コンサートとして1日まあ3時間がいいところかなって雰囲気。

役者のみなさん健康維持につとめてください。って昼の部で思ってしまい外に出た。

夜の部 
「十種香」
見た目は美しい。
でもなんで時蔵の八重垣姫に、勝頼の菊之助、濡衣の梅枝だったのかなあ?
時蔵の八重垣姫っていうのが、若造の勝頼になんてほれてる?年上女が若造に手をだすか?ってみえてしまったのは、眠たさもあったのだけろうけれど、魅力をそそられず。
菊之助って綺麗なのにどうしてそれ以上ないのかな?って宝塚の男役さんの清潔さが先に立ちきれいだけどさあ、という前にすでに睡魔に襲われてまあいいっか。で休憩に。

その次は「身替座禅」
これ、たのしいって期待のわりにまあまあか。

最後の「伊勢音頭恋寝刃」
むむっ。仁左衛門の貢よかったよなあ。團十郎さんもけっこうよかったかも、と過去を思い出してしまったこの舞台。

なんだろう、貢は、忍ができてる人だけど、ふとしたはずみで狂気をみせて事件はおこる。
その狂気も自分のなかの狂気というより刃物の力によるものでってある種オカルト芝居
この見せ場が菊之助綺麗だけど、スイッチの切り替え弱い。
数こなせばいいのかな?

昼に比べて夜はちょいっとものたりないそんな気持ちで錦秋名古屋 顔見世をみてきました。

十月大歌舞伎 歌舞伎座 夜の部

2014年10月08日 | 歌舞伎
十七世 中村勘三郎二十七回忌 十八世 中村勘三郎三回忌 追善
となっている歌舞伎座「十月大歌舞伎」
野崎村と伊勢音頭が人気なのか?
日曜日昼の部は戻りの3階チケットがありませんでしたが、夜の部に3階席がありましたので
急遽購入。
観たかったのは、寺子屋の松王丸と千代の夫妻でしたので私にはこれ幸い。
演舞場観劇後、歌舞伎座に移動しました。
両劇場とも気持ちのいい大向こうのかけ声が少なく
寺子屋で、勘九郎が源蔵で花道から暗い面持ちで登場してきたときに
「おとうさんそっくくり!」とかけていたのには、「ここでそうかけるかなあ?」と
芝居壊すな~的な思いになりました。
かけた人の周りはうけて笑いも起きていましたが、芝居からするとこのあとの「鰯賣戀曳網」向きでしょ。
ここ、源蔵が、かくまっていた菅秀才の首をわたせと命じられ、足取り重く思案に暮れて帰宅してるところでしょ。
ある種この場面が、大事なのですよ。すたすた歩いて帰ってきたら、ことが重大にはみえないのよね。
どよ~んと重い雰囲気じゃないといけないのです。
それまでの寺子屋のやんちゃ坊主達の明るい雰囲気を断ち切るかのように。
家に入っても寺子屋にいる子供達は、菅秀才のような賢いおぼちゃまには誰一人として見えない。
って話の間に、タイミングの悪いかけ声。そこ笑いを誘わないで。っておもったのですが、
ふと玉三郎が千代を演じる時は、寺入りから見せるのにここはやはり中村屋だから?
それとも仁左衛門が松王丸だからなのかなあ?なんてふと思ったりしたものの
この大きな仁左衛門が松王丸と玉三郎の千代が、立派で風格があるんです。
若い勘九郎の源蔵、七之助の戸浪が胸を借りて芝居をしている風です。
悩みを抱えて帰宅した源蔵と戸浪。どうしていいのか、一か八かのかけに出る!と
若者気質に感じるのですが、そこをベテランがでっかく見せる舞台というものでした。
若さでオーバーになりがちな芝居が、間とともにどっしりしたものに仕上げてくれていたようでした。
そして仁左衛門が松王丸の時はいつも黒の衣装だったのが、今回は銀鼠!! ややっ、これは中村家といより
六代目菊五郎が好きだった十七代目、十八代目勘三郎の追善ってことゆえかな?と
小物もきっと十七代目、十八代目勘三郎仕様なのかもと、思ったのですが
以前十八代目勘三郎が千代を演じたときに最後「いろは送り」を義太夫できかせるのではなく台詞でやっていたのをみてるのですが、その時は誰が松王や源蔵演じてたんだろ?
以前仁左衛門が、「現在のように、義太夫で聞かせる型にしたのは十一代目仁左衛門」といっており
ここはどっちをとったのかなあ?
などと「追善」という今回の公演からいろいろ考えておりました。

歌舞伎座の1階には、十七世 十八世 中村勘三郎の祭壇がありましたが、十八世 中村勘三郎の写真がなんともにこやかな手を合わせてお客さんに「ありうがと」とでもいってるかのようでしたが、
来てるお客さん十七世の祭壇にひじついて電話かけてた! 
そこに肘掛かける?さらに電話する? っていろいろなお客さんがいるわけですが、感覚ちがうなあ~と思わず。

2幕目は、吉野山。静御前 が藤十郎。忠信が梅玉。とベテランが見せる吉野山。
それゆえ最初静御前は、花道から登場せずに浅葱幕がおち、場面は吉野山。
以前もそおうだったかな。と思いながら、雰囲気ある静御前と忠信。
静御前の立ち姿。まさに咲く花の匂うがごとくの美しさなんだけど。
でも3階だとうごきが小さくいるのまにか、まぶたがさがる。
忠信のみせどころ「屋島の合戦の物語」は合戦を見せるのでなく聞かせるといた風。
弓を引くのも、船底たたくのも風ではあるが、日本昔話をじっくり聞いてる風なのです。
この舞台は2階あたりでじっくり観たい舞台だと思いました。


その後切りの「鰯賣戀曳網」は、カタカナで書けばコメディですね。
三島由紀夫作の歌舞伎の演目っていうものの、
『金閣寺』、『鹿鳴館』『黒蜥蜴』とか『椿説弓張月』って作品からすると美しいけど、
重くて人のドロドロさを感じてコメディなんてほど遠い人って思うのですが、
この「鰯賣戀曳網」笑えるユーモアたっぷり。
三島由紀夫って笑える作品ほかにもあるんだよね~って三島由紀夫ファンに言われそう。

そんな楽しいおとぎ話のような歌舞伎。
猿源氏十七世中村勘三郎、蛍火中村歌右衛門が初演だったようですが、
最近では十八世勘三郎、蛍火玉三郎でお客さんを引きつけて楽しませていただきました。

それをご兄弟で、最近は勘九郎が、序幕のお客さんここでかけてほしかった「おとうさんそくり!」ですが、
お父さんの小型盤でおわらぬようどんどん独自性をだしていたきたいところです。

「十月花形歌舞伎」昼の部 新橋演舞場

2014年10月05日 | 歌舞伎
明日6日に台風が来ても歌舞伎座も新橋演舞場も予定通り上演ってことのようですが、
今宵の関東に降る雨。我が家雨戸がありませんが、ふっている雨の音けっこう聞こえてきます。
明日はどうなのでしょう?というところですが
今日日曜日、新橋演舞場昼、歌舞伎座夜に行ってきました。
新橋演舞場は10日前ぐらいだったでしょうか、歌舞伎座に至っては木曜日だったか3階席を購入。

新橋演舞場 「十月花形歌舞伎」昼の部は
俊寛と金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)に大喜利所作事 双面道成寺がついていました。
俊寛は、吉右衛門、幸四郎、仁左衛門、勘三郎と見たでしょうか。右近の俊寛は、初めてです。
それぞれみなさんに特徴がありますが、
右近の俊寛,舞台に姿を現したとたん流された僧都に見えない!!
なんでしょう、元気なんです。足もともおぼつかない。やっと歩いてるって印象が今までの俊寛にはあったのですが
ここはどこだ?ってかんじで。
さらに康頼、成経もこの人たち流人?? なにか京からせいぜい鞍馬か山科あたりに身を隠してるんじゃないか?
ってくらい栄養満点。健康さを感じてしまったんです。
哀れさを感じないというのが、なんとも残念。
気持ちに訴えてくるような芝居というより
台詞や段取りといったものは、丁寧な作りで実にわかりやすい。
初めてみるなら、わかりやすいのではないかな?と思えるいところも。

右近の俊寛期待したものの、ちょっと私のなかの期待からすると、今日時点でははずれだったかも。

金幣猿島郡は四世鶴屋南北の絶筆となった作品というものの南北なのか?ってみると
立作者は息子の2代目勝俵蔵(かつひょうぞう)、中軸には孫の鶴屋孫太郎(つるやまごたろう)を据えて、
親子孫の3代の共作と。
そうかあ・・と納得する反面、今回猿之助の『金幣猿島郡』ってことゆえに
猿之助の色が出ているのかな?と思うとこも多々ありでサービス精神旺盛だなと思う舞台でした。
今回清姫と藤原忠文を演じる猿之助。らしいと言えばらしいんですけど・・・・・
この話、作品紹介から
「謀反の末討たれた平将門の妹の七綾姫は、宇治にかくまわれているうちに、許婚である愛しい僧安珍(実は文珠丸頼光)と再会できました。しかし、この家の盲目の娘清姫は、宝剣の威徳によって目が開くと、目の前の頼光こそかねてより恋慕う人とわかり、七綾姫への嫉妬に狂って蛇体と化します。頼光と七綾姫は逃げのびますが、七綾姫に執心する藤原忠文も二人への嫉妬心から鬼と化し、やがて清姫と忠文の霊は中空へ飛び去って行きます」
ってことですが、
清姫という女性が、恋敵七綾姫への嫉妬に狂って蛇に化すというほどの嫉妬心が出てきてるのかなあ?ってつなぎがわからない。南北の人間のドロドロさでなく、昨今の突然切れる!女性ってことなのかしら?って。
また藤原忠文に至っても・・・

全体として登場人物の気持ちのもっていき方よりも見せ方、楽しませ方重視かな。とエンターテイメント性を感じてしまった私です。
そのエンターテイメント性を舞踊になる双面道成寺ではもっと強くかんじ、おかめ、お大尽、ひょっとこの面を付け替えて巧みに踊り分けるだろうところも面をとりかえてるだけで、踊り分けてるか?ってよくわからかったのは私の理解度不足かもしれない。反省かも。
また、ラストの清姫と忠文の霊というところも・・・ここも先月の「双面水照月」吉右衛門が見せた法界坊と野分姫の合体した霊が、その二面性をうまく出したのとことなり、清姫と忠文は二面というより1プラス1は2で力が2倍以上には感じず。
やはりこれは経験数、若さで見せる違いなのかなとも。

それとちょい気になったのが黒雲 弘太郎の登場や移動の姿勢。
踊りになるとさすがに白雲の隼人よりも見せるのだが、登場や移動の姿勢が、直立というのか、
普通狂言から来てる舞踊狂言で、間狂言(?)に出てくる者は、膝を軽く曲げ重心を低く前にすこし体重をかけて、手を腰前に持っていってのすり足かと思うのですが、弘太郎・・・直立でのすり足見える。
身長が隼人より小さいからということではないだろうが・・・なにか変だった。これは彼だけのことなのだろうか?とふと澤瀉屋ゆえ?と不安になった。

八月納涼歌舞伎 一部

2014年08月18日 | 歌舞伎
三部、二部とみた八月納涼歌舞伎。残すところの第一部に
新歌舞伎といっていいのかな谷崎潤一郎の「恐怖時代」と舞踊「龍虎」
谷崎潤一郎の「恐怖時代」う~ん。
谷崎潤一郎っていうとさ耽美派っていうイメージがあってさ、美を追求するが故に、
きわどさが光るっていうんでしょうかねえ。
冷酷、惨殺であっっても美しく。って

私の中では、蜷川幸雄×浅丘ルリ子×朝倉摂
っていう印象が強いです。
蜷川幸雄さんってどうしてそこまで出来るの?ってくらいに残酷なシーンに力を入れてません?
で今も美しいけど、蜷川さんの舞台に立たれた浅丘ルリ子さんの妖艶な危ない美しさ。
泉鏡花とは、またちがいますが、三島由紀夫作品の歌舞伎を演じる玉三郎さんの美しさ
ようは、並外れた美しさあってこその残虐な場面ありきで、また朝倉摂さんの斬新な舞台芸術ありきだったような。

今も蜷川幸雄さんの舞台は、シンプルであったとしてもお金かかっていそうなイメージですが、
今回の歌舞伎座の「恐怖時代」は.....

せっかく33年振りなんだし、8月の納涼なんだし、演目だけでなく冒険ありきでもよかったんじゃないのかなあ?
っと思う程、お家騒動の「伽羅先代萩」より中途半端感が残るお家騒動。
30年ちょい前、新橋演舞場で恐怖時代に出演していたのは、玉三郎さん。
お相手が、菊五郎さん。

お家を乗っ取ろうとする 悪玉は、自分の息子を領主にしようと企てる殿の妾のお銀の方。
彼女は、美しい小姓の伊織之介を愛しているのだが、息子を領主にしたいが故に伊織之介との仲をひた隠し
家老である靭負(ゆきえ)と梅野を利用してことをなそうとするものの。

って見る前からして、ご本人たちの意欲はわかるけれど、戯曲を離れて実写版。

実写版にありがちな、イメージ違うんだってば!!ってあるじゃないですか。
今回はまさにそれ。
ストーリーも自分の息子を領主にしようと企てるお銀の肚が、
最後、息子の首を切られたことにならないとわかならい状態で
伊織之介を愛してるというのもなにか弱いのね。
扇雀さんは、普通の歌舞伎からだと「伽羅先代萩」の八汐なんです。
お父さんの藤十郎さんはあんなに色っぽいのになせかこの人にはその色っぽさが薄い。
 

そして舞踊の「龍虎」
こちらは、以前、龍を愛之助、虎を獅童で踊っていたのを新橋演舞場で見ましたが、
その時とは、多分衣装もセットも一新。
龍を獅童、虎を巳之助での踊りです。

う~~~~んこれもねえ。
両人汗びっしょで一生懸命なのはわかるんだけど、ちょっと残念。いやかなり残念かな。
って演舞場のときよりは良くなっていたと思う獅童ですが、
龍として舞踊を引っ張って行くのだと思いますが、それが出来てない。
踊りに重さ、重心が下にがないのです。手振り腕ぶりも軽いのね。
かなり勢いで踊ってる。腕や手、そして足などすべて「止める」仕草が弱いのです。

それに比べると巳之助の足で空(くう)をとんでいるような裁き方や止めの場面は、
今後の期待を感じるところ。

お二人を見ていてこの動きは、若さがないと踊りきれないかな?と思う程
ダイナミックさを感じるものでしたが

龍として完全復活した三津五郎さんと巳之助くん親子でみてみたいものです。
三津五郎さんならではの龍がみれるような気がしてなりません。
連獅子とは違う男の勝負って。

一部は、共にイマイチ感がのこった舞台でした。

稚魚の会・歌舞伎会合同公演

2014年08月16日 | 歌舞伎
国立劇場歌舞伎俳優研修修了生・既成者研修発表会の
第20回 稚魚の会・歌舞伎会合同公演 今年は
「菅原伝授手習鑑」から 三幕だったのですね。

これまでは公演が統一はされていなかったように思いますが、面白い企画ですね。
登場人物が、梅王丸、松王丸、桜丸の三兄弟の登場する「車引」「賀の祝」「寺子屋」
今回数日前に電話でチケットを購入したのですが、
劇場に30分前につくと会場となる小劇場の前は、満員御礼の文字が。

ほっ!今日も買えてよかった(苦笑)

一番後方で見ておりましたが、皆さんのはりきりが、ビシバシ伝わってくるものでした。
元気でみずみずしい・・・。勝手にフレッシュ果実の面々って思いました。

演じているみなさん習った役者さんや、師匠となる親方さんたちにやはり似てくる。
時々感じたのは花道を舞台中央に向かうときに足腰がちょっと軽いかな。ってことだけで
あのかる軽さ故、普段身軽な立ち廻りを華やかに見せてくれるんだな~っと感心してしまったりも。


八月納涼歌舞伎 二部

2014年08月12日 | 歌舞伎
歌舞伎座 二部
今月の中で一押し?
とまでは言わないのですが、見るならこれかな?
って買った歌舞伎座 二部。

二部と三部の客席入れ替えが、30分しかないのに、
一部と二部入れ替えは、1時間もあるゆえ、
15時開演で14時40分に歌舞伎座入り口に到着するとすでにゆったりとした雰囲気。
いい感じです。

二部は、軍師山本勘助を味方につけるために長尾輝虎が勘助の母を饗応しようとする『輝虎配膳』、大人たちの化かしあいの中で人情を描いた『たぬき』

『輝虎配膳』は、長尾輝虎(後の謙信)と武田信玄との争いを描いた「時代物」。ってことで
すけど、この場面は、輝虎自らが勘助の母の接待をするため食事を給仕する、ってものですが、勘助の母もそんな接待うけるに及ばず!!ってそのお膳をひっくり返してしまうんですよね。そこで輝虎が激昂して太刀をぬく!!さてどうなるか?ってことで、母越路についてきた勘介の妻お勝が、命乞いして助り、帰参する。って

そんなに大したこっちゃない。って気がするんですけどこの場面をも歌舞伎は、取り上げるんだなあ。って初めてみたとき思ったもんです。初めて見たのは、松竹座だったような?
輝虎を片岡我當さんが演じてらしたと記憶。

今月輝虎を橋之助、母越路を萬次郎 お勝を扇雀が演じておりました。
橋之助さん、このお役あってる!!って思いました。
この方の時代物は、これまではなんとなく軽く見えていたのですが、
輝虎の策略それが失敗して激昂する姿、ザ 歌舞伎 感がmどても出ていました。
萬次郎さんも最近は、おせかいばばさん的な役でみることが多かったのですが、
久しぶりにこういうのもいいな。っと
一方お勝扇雀。だめじゃないけど、私の中でぴったりしてはおりませんでした

と完全見応えあるとはなっていませんでしたが時間も45分程度、つぎの新歌舞伎とのつりあいもいいかんじ。
やっはりこの夏は二部だな。なんて一人納得しておりました。

20分の休憩後「たぬき」
こちらも見たのは、團十郎さんが、新橋で演じた「たぬき」
團十郎さん演じる柏屋金兵衛が、生真面目、不器用そんな男が、一度死に、二度目の人生を生きようとするなかせがれの言葉で、ばけたたぬきが古巣に戻るという
喜劇だけど哀愁をかんじさせるよさがとてもよかった作品だたので、
新歌舞伎といわれる芝居をしたら、三津五郎なら間違いない!と期待の「たぬき」でした。

面白カッッタです。でも最後に感じるものは違っていました。
大人はだませてもこどもはだませないといった柏屋金兵衛が。

なんででしょう?
なにがどう違うんでしょう?
わからないんですが。 でも面白いのは間違えありません。

この公演、母にもチケットを渡しました。後日みる母の感想が楽しみです。

八月納涼歌舞伎 三部

2014年08月06日 | 歌舞伎
ブログ遅滞で反省し?
昨日みてきた歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 三部
仕事を終えて出かけて間に合う第三部。6時15分開演
6時に歌舞伎座到着してすんなり入場できるのかと思いきや、
歌舞伎座前は、第二部を見終えた人がようやく退場、そして第三部入場待ちの人でごった返してる。
初日故仕方ない。と思いながら、現在での上演予定時間をみると
第二部終了2時50分ってなってる。
それでは入れ替えキツいわ。劇場大きいし、買い物もあるだろうし、
トイレも行きたいだろうし。
どうせなら第三部6時半開始にすればよかったのにと思うもののそうなると終演が9時半すぎてしまうのね。
昨今の芝居事情なら7時始まりで10時近くの上演もかなりありますけど、
年配に9時半終演での帰宅は大変か。

って思う程に、意外と客席の平均年令が高そうなことにびっくり。
今回3部は「怪談乳房榎」が訪米歌舞伎凱旋記念ってうってますので
若い中村屋ファンが多いのかな?と勝手に思っておりましたが
そうじゃないのね。
十八世中村勘三郎らの中村屋ファンが息子を見に来てるってかんじかな。っと。

舞台のほうは、やっぱり若さで見せてるなとかんじる今回の勘九郎の「怪談乳房榎」
スピディーさや明るさが、先に立ち、
落語の圓朝の怪談話というポイントは後回しになってるかな。

お父さんもそうだったかなあ?もうちょっと芝居として、笑わせたりあっと驚く場面もあるのはあったけど、お化け、陰湿さをかんじたよな。でも
と記憶が鮮明でないところがなんとも申し訳ない。

舞台が終って帰りがけ「たのしかったね」って声を耳にしたからまあ、いいか。
ただ凱旋ってことで、名題下さん?途中で英語やスマホを利用しての解説は
もうすこし工夫がほしい。
3階席じゃ聞き取れない英語、米語?だったりなにかスマホいじってるみたいだけど
なにしてるのか、花道手前過ぎて見えないし、

日本で海外からきている伝統公演そこまで解説してるかねえ。って
サービスするのはいいけどし過ぎは作品軽くなる。
って思わず。

と初日故、演じている皆さんは、後半に向けもっと味が出てくるのだろうと期待。

その軽さを感じた「怪談乳房榎」よりも3部は、流石「三津五郎」を
「勢獅子」で見せていただきました。
富十郎亡き今やっぱり踊りは三津五郎さん!!って
一緒に踊る橋之助も駄目じゃないけどどうしても目が三津五郎の鳶頭に眼がいってしまう。
3階故ことさらオペラグラスを向ける先が三津五郎に。

「勢獅子」というものの「勢い」じゃない「美しい流れのある心地よさ」を感じました。
そして「獅子」を踊る若い鳶頭の勘九郎 巳之助。こちらやはり勘九郎が、お尻かなんて思いながら巳之助も今後楽しみだな。と
そのほかも誰が出てくるのかな?若い歌舞伎俳優さんへの期待を向けたい「勢獅子」舞台でした。

のこり1部2部はまた後日見に行きます

六月大歌舞伎

2014年06月26日 | 歌舞伎
昨日千穐楽だった歌舞伎座「六月大歌舞伎」
昼の部は、片岡仁左衛門舞台復帰の「お祭り」があり
夜の部には尾上左近初舞台というおめでたい月となった。
尾上左近初舞台が、「蘭平物狂」。
歌舞伎の演目として「勧進帳」や「道成寺」、「忠臣蔵」や「三人吉三」のように
歌舞伎を観なくてもなんとなくの歌舞伎が想像できるような演目ではない。
演目として、めったに舞台にかかる演目でもないゆえ知られていないのはもっともかもしれない。
後半には、歌舞伎の中でも「立廻り」と呼ばれる争闘場面を形式美で見せる一種のショータイム!がある
華やかこの上ないものであり、主役「蘭平」を取り囲む捕り手30人近い花四天の活躍が欠かせない。
だがその「立廻り」だけでなくこの物語には、
主旋律となる皇位継承の争いで在原行平に討たれた伴のお家再興の目的のため
奴となって在原家に忍び込み行平を討つ機会をねらうという話の中に「親子の情」を見せるところが、もう一つの見せ場でもあり
踊りの好きな者にとっては、「蘭平」が光る者をみると狂い踊りだすというという場面も大事な見所になっている。
この歌舞伎、現在の松緑のおじいさまに当たる2代目尾上松緑が、復活という形で再構成して昭和28年に明治座で上演。
その後、息子さんである3代目松緑(当時辰之助)と2代目尾上松緑から教えてもらったという現;三津五郎が上演している。
ほかに25年に初代白鸚(当時幸四郎)、平成4年に市川右近が1度ずつ構成が違って上演されているようだ。
三津五郎に至っては、やはり自分よりも先に早世してしまった辰之助の代わりに孫にこの「蘭平」を伝えてほしいという思いから松緑が教えたようだ。
ゆえにこのお芝居「尾上松緑」家の大事な舞台といえるのではないかと、
幼きころに、父親の「蘭平」がかっこいい!といっていた現松緑。
彼の節目節目にこの「蘭平」が上演されているのも大切な演目ならではこそ。だが彼は、父の「蘭平」では共演していない。
今回尾上松緑家では初の共演「蘭平」になっている。
松緑の出す「情」というものは、今までもこちらの目頭を熱くすることが多いのだけれど、
今回においてはさらに見てる者に訴えてきます。戦いの中、息子を探す親の心情。
多勢の捕り手に囲まれも闘う「蘭平」が、せがれである「繁蔵」の行方を探す場面。
親子でありながら役者の親子。尾上松緑と初舞台尾上左近だけれどそこが、
奴「蘭平」と武士に取り立てられた「繁蔵」になっている。

今回舞台を観られなかった方、残念です!もったいない。もったいない(笑)
私、1階席後方、3階席、そして2階席下手、そして1階席前方、再度3階席って合計5階見てしまいました(笑)

この演目、観る場所を変えてみる面白さっていうのもすごいですよ。
1カ所だけじゃもったいない。もったいない。

1階席は、映画で見るワイドスクリーンです。
3階席は、特殊効果でもある立ち廻りを裏からも見せます!!的で1階ではなかなか見えない井戸場の上での捕り手の巧み、
スポーツ選手じゃないけれど、人間飛び越えジャンプならぬトンボのすごさ。若者が増えたのでしょう。以前は5人をジャンプといってもちょっとずるして5人越えだなく3人越えだながら5人越えになっていましおたが、今回はまさに5人超えていたり
井戸の屋根から石灯籠へのジャンプトンボ返りの頂点と言われる「二丁返り」が2人連続と凄かった。
以前にもあったようなのですが、最近はこの2人連続といのがありませんでしたから、びっっくりでした。

それにやはり2階下手でみるのは、あの大はしご!目の前にあがってきますからね。迫力満点です。すごかった。
はしごのきしむ音がさらにすごさを強調。見事です。
軽々と大はしごをあがっていったやゑ亮(らしい)あとに、蘭平があがっていって見栄をみる。
ここで見た日は、隣がいないゆえに2階桟敷でちょっとした殿様ムードでもあったりして(笑)

興奮冷めやらぬうちに「蘭平」を召し捕ろうと行平に呼ばれ登場する「繁蔵」。回を重ねるごとに仕草も立派になって、声も大きく出ておりました。

今回は口上も、もちろんあって菊五郎により「芝居半ばではございますが」と尾上左近くんのご紹介。そしてご挨拶。
ますます見なかった人、もったいない。もったいない(笑)

しかし、1階前方席で見たときにこの蘭平後、両隣が席を立ってとうとう終演までぽつんと一人。
わからなくもないけど・・・ほかは観ないの?

「名月八幡祭」これは観ようよ。って思い、
できれば太郎冠者とは、とてもおもえない太郎冠者のでる「素襖落」。
「素襖落」の太郎冠者は、主人に扱き使われているもののしたたで愛嬌があって世渡り上手の召使い。という印象なのだけれど、今回の太郎冠者は、世渡り下手でリストラされた堅物のお侍さんってかんじ。
これありか??って思ってしまいこんなの雇った主人も相当な変わり者なんだろうなあ。って観るほどにおかしさが増してしまいました。初日一緒に言った母などは、
「これだけ寝ちゃった。でも、となりで笑うからなにがおかしいのか?ってみるとおかしくないんだもの」と私の笑っていることが不思議だったようだ。

「名月八幡祭」これはねえ・・・尾上松緑でみてみたいぞ!って思ってみて我が家にあるスクラップみると父親である辰之助の縮屋新助の写真が。
さらに別の写真で「私の好きな役」ということで
「髪結新三とか魚屋宗五郎、加賀谷も僕は好きですよ。暗闇の丑松、坂崎出羽守、土蜘蛛も好きだし、縮屋新助もいい。」といあって討ちににこもった役があるから発散する側もあるんで、相互互いで籠ったなりにいいやくもあります」なんてあって・・
今の松緑もあいそうだな。ってほくそえんでしまった。

あらら今回は、つらつらと・・・話は尽きぬ六月大歌舞伎だったのです。昼の部も
仁左衛門の復活のうれしかったこと。あの匂い立つような男の色気に癒しモード。
悪役演じたら極悪にもなるのに・・・「いい男だねえ」って歌舞伎の台詞にでもでてきそうな「お祭り」が切にあり
最初の「春霞歌舞伎草紙」近年になく主役以外の踊りが揃ってる(笑)
若手花形今やこの人たちを見に来る若いファンも増えて・・・という若衆や女歌舞伎。初日より後半がよかったですねえ。
やはり群舞が揃うと美しい。歌舞伎舞踊で群舞が揃うのはなかなかないんですよね~
「大石最後の一日」これは幸四郎!!お手のもの。ってかんじでこれはいいです。
今回おみの役の孝太郎もよかったです。愛すべき男の本心をただただ知りたく、
知った後は好きな男の最期のためにも誠を貫いてる姿に涙そそられました。

そしてもう一つ「実盛物語」これはもう。いうことなし!

役者さんみなさん力入ってました。
役者の絡みもいいけど、ここまでの迫力があったら大満足!!下手に絡まなくっていいです(苦笑)

6月見なかった人ほんともったいない。損したねえ。につきます。ってほどによかった歌舞伎座公演でした。

スーパー歌舞伎Ⅱ「空ヲ刻む者ー若き仏師の物語」

2014年03月26日 | 歌舞伎
スーパー歌舞伎 三代目 市川猿之助によって1986年にヤマトタケルで幕をあけ
三国志まで上演され続けたものの、猿翁の舞台休演ともに長らくその幕は閉じられたままだった。
そのスーパー歌舞伎が「Ⅱ(セカンド)」と銘打ってあらたな幕開けを迎えた。

待っていましたという人もあれば、スーパー歌舞伎なら見てみたいという人あり
四代目猿之助だからという人も、さらには、今回佐々木蔵之介や福士誠治が出演するから
などなど公演チケットも上々の売れ行きのよう。

それに便乗してではないもの3等席B席でスーパー歌舞伎セカンド
「空ヲ刻む者ー若き仏師の物語」を見た。

感想エンターテイメントとして楽しくていいよね。
ラストのカーテンコールではスタンディングで拍手するひといもいれば、3階席で
ヒューヒュー!!ブラボー!!なんて声援もありました。

その「ブラボー!!」には驚きましたよ。歌舞伎に「ブラボー!をいっちゃうの?」って。
そのスーパー歌舞伎セカンドに対しての私の感想は、ひとことでいえば、イマイチ!
あの三代目猿之助によってつくられたヤマトタケルを見た時の衝撃はまったくなし。
タイトル「空ヲ...」も、「くう」であって「そら」じゃなかったのね。
というのも見てからへえっとわかったこと。
でも「空ヲ」は仏教でいう色即是空 空即是色みないなものでなく、「空」は空間にしか思えないかんじでした。

今回、過去にスーパー歌舞伎で使った音楽や照明がそのままで、見所,メインらしき場面が、
それまでのスーパー歌舞伎の場面がかぶり過ぎ、過去の踏襲からの発展作品といよりも、
それまで過去の財産を引用しすぎじゃないの、セカンドといものの新たな方向がないまま、今迄の音の使い方、照明の使い方、パターン化するのかなあ?と

作品そのものもとある仏師が主役ってことゆえか、神話や中国の歴史上の人物ドラマからすると、国取り物語と仏を彫ることに規模が狭まれて、
物語において想像力、空想力を膨らますのではなく、エンターテイメント的な見せ方をいかにするかに
限られてしまったような。

ストーリーからすもスーパー歌舞伎でしあげるのではなく、普通の芝居、演劇でみたかったかなあ。
という人物の葛藤をみせる作品。
その普通で芝居を見せてくれていたのが、浅野和之さんだったかも。
ほぼ歌舞伎要素なし。というかこの人の芸達者ぶりは毎度ながら芝居ジャンルの壁がない人登場からその役者力をみせる。
それが芝居から外れないのもこの人のすごさ。すごい役者さんだと感心しかり。

しかしこの舞台のチラシを見る限り浅野和之さんの出演はさほど、目立たず、
やはり歌舞伎界以外からの出演で主役だった佐々木蔵之介さんの起用はちょいっと疑問。
福士誠治さんもぴったりとした役ではあるものの、なんでこの人だったんだろ?
と思ったのでした。

三代目が作ったスーパー歌舞伎を四代目が、どうしていくのか?
今回前川知大が作演出。というものの、彼のインタビューでは、かなり四代目の力添えがあったよう。
今後は演出四代目猿之助になるのかも。いやそうしたほうがいいのではないかなあ。

今後に期待になるのかな。

鳳凰祭三月大歌舞伎 夜の部

2014年03月23日 | 歌舞伎
今月の歌舞伎座は、大御所そろって、昼は楽しく、夜はたっぷり見れました。
22日は夜の部にいってきました。
夜は3演目 加賀鳶 勧進帳 大蛇退治
河竹黙阿弥の世話物 加賀鳶
本郷木戸前勢揃いより
赤門捕物
幸四郎の世話物、ようやくしっくりしてきたかな。
幸四郎は世話物はねえ・・・固すぎて、おもしろみに欠ける。江戸っ子というより、時代物の武士だったんです。
というのが今まで見たものすべての印象だっったのですが、ようやく江戸っ子ぽく見えてきました。
でも赤門捕物の按摩道玄より本郷木戸前勢揃いの梅吉のほうがよかったな。
同年代の役者さんに比べてきりっとしてるかもね。。。って台詞じゃなくて容姿なんですけど。
道玄は江戸じゃなくて上方?・・っておつきあいした秀太郎のお兼なんとなくあわないけど
そこが面白いコンビだったかも・・・って。
でも黙阿弥より、大佛次郎の「たぬき」みたいな新歌舞伎のほうがあってない?と思ってしまった私です。
勧進帳
これは昼の身代座禅でくんだ菊五郎。吉右衛門が富樫と弁慶で、義経に藤十郎と大型勧進帳ってところ。
最近あの「またかの関」といわれるという言葉を思い出すほどに「勧進帳」やたらちかかるような。
そうでもない?
いくら人気狂言でもな・・・こればっかりじゃ・・って思うけど、今回の配役やっぱり見たい。
見たくなる「勧進帳」なんです。
「勧進帳」だからみたいんじゃなくて、この配役だかから見たい「勧進帳」
そしたら松葉の前のひな壇(?)に座っていたのが鳥羽屋里長、杵屋淨貢ってそろちゃって伝統歌舞伎保存会の役員そろちゃって(笑)さすがの舞台です。
そして一番思ったのが。。。弁慶という人物、今回ほど人情味があり、富樫に対し、押して聞かせる説得力、理路整然とでもいうような雄弁な弁慶と思ったことはありません。富樫の問いかけに対して・・大声あげて熱血にこたえるのではなく、丁寧な応答。相手がつっこめないよいうな雰囲気さえありました。
ニュース解説の池上彰さんのよう名雰囲気。
政治家がわいわい言っても理路整然としてる受け答え。そして難しいことをわかりやすく聞かせてくれる池上彰さんの解説、驚いてまたきいてしまいたくなるような
すごいな・・・っと。いうのとちょいにてる。
このところ体調がけっして万全では、なさそうな吉右衛門。足も立ち上がるときつらそうだったりするのに、すごいです。わかりやすいのに重厚な芝居でした。
最後の大蛇退治。玉三郎これがやりたかったんだろうなあ。と勝手に思う。
玉三郎が見せる「日本振袖始」これはやっぱり玉三郎ワールド。
ストーリー性よりも舞踊重視という作品。
見応えありました。