URAKARA7話(2)
スンヨンの話を聞いてニコルが訊ねた。
「じゃあ、今、幽霊がいるの?」
スンヨンは力なく頷いた。
関西のぞみはスンヨンの前に手指を突き出した。
「これ、何本に見える?」
二本、三本、一本と次々変えて出した。ニコルもそれをやった。
「頭は・・・大丈夫、ですぅ」
スンヨンは真面目な顔で答えた。
「・・・そやけど、急にそんな話されても、なあ」
関西のぞみはみんなに同調を求めた。
「なあっ」
メンバーは元気に頷いた。
スンヨンの話を静かに聞いていた社長2号が人差し指を一本立てて言った。
「でも、韓国ではスタジオに幽霊が出ると、CDがヒットすると言われているんです」
「へえーっ、それ、ほんまなん?」
「ほんまです」
ギュリが間のいい大阪弁で応じた。
「あら・・・ほなぁ、大丈夫か。あっははは」
全員は手を叩いた。
「ふざけないでくださいーッ!」
スンヨンは金切り声をあげた。
「そんなことより、スンヨンは歌を頑張りぃーッ」
スンヨンの様子を観察していた社長2号の目が緑色に光った。彼は立ち上がると皆に声をかけた。
「ハイ、キームチ!」
フラッシュが焚かれ、彼の胸の扉からポラロイド写真が飛び出してきた。
それをギュリが手にした。皆は写真を覗き込んだ。
すると関西のぞみとスンヨンの後ろに黒い背後霊が現出している。
「これ・・・」
「そこ、何かいるわよ!?」
「ほんとだ」
「うわアーッ!」「ヒェーッ!」
みなは叫び声をあげながら部屋からいっせいに逃げ出した。社長2号も逃げ出しながら、スンヨンに告げた。
「ほ、惚れさせて成仏させるんです。これはミッション(任務)です」
「惚れさせて成仏させるだなんて・・・どういうことなのよ、もう・・・!」
スンヨンは永井与太郎を見て訊ねた。
「ねえ、私のこと好き?」
「いや」
与太郎は首を振った。
「きれいだとは思いますが、恋心は」
200年来、彼は堅物として地上でさまよい続けていたらしい。
彼の後ろ姿を見て、だろうな~とスンヨンは考えたりしながら言った。
「与太郎さん、髪、何かボサボサ過ぎない? 怖いよ」
「ああ、これはすみませぬ」
彼は黒い布を取り出して髪を後ろで束ねた。
その横顔を見てスンヨンはつぶやいた。
「あら、いい男だわ」
「スンヨン殿」彼は言った。「折り入って相談したいことが」
「何ですか?」
「拙者、この世でどうしても果たしたいことがあります。復讐」
と聞いたとたん、スンヨンは枕を抱えた。叫んだ。
「でござる。拙者を切腹に追い込んだお千代に復讐したいでござる」
「それはただの逆恨みだし」
「はい?」
「自分で死んだわけだし、あと、お千代さんも死んでるでしょう?」
「・・・じゃあ、子孫に復讐でござる。頼むでござる、スンヨン殿。お千代の子孫の家まで連れてってくだされ」
「そんなの、ひ・と・りで・・・!」
与太郎はヌーッと顔を突き出した。
スンヨンはのけぞった。
「取り付いているので、スンヨンの行くところしか移動できないのでござる」
「何、それーッ?!」
「だから、頼むでござる」
「・・・」
「連れて行ってくだされ」
「いやだよッ」
スンヨンは立ち上がって部屋を飛び出した。与太郎の霊もスンヨンに引きずられて移動した。
スンヨンの頭から「復讐」という言葉が離れなくなった。身体に取り付いた与太郎は寝ても覚めても耳元でその言葉を繰り返した。
スンヨンはとうとう観念した。
「もう、わかったよ。連れて行くから」
スンヨンは与太郎の案内でお千代の家を探し歩いた。与太郎が走るとスンヨンも引きずられて走った。
与太郎はお千代の家を探し当てた。
「ここでござる。お千代の住んでいた家は」
するとおりもおり、若い女がその家から飛び出してくるところだった。
「待ちなさい、サキ」
後から母親らしき女が彼女を追いかけて出てきた。手を取った。
彼女を見て身を乗り出すように与太郎は叫んだ。
「お千代めーっ!」
「待ちなさい。お父さんが許すわけないでしょう」
「私のことよ。家のことで決められたくない」
女は母親らしき者の手を振り切って走り去った。
与太郎は女の後を追って走り出した。スンヨンは彼の意志に引きずられてついて行くほかなかった。
女はカフェルームに入り、誰かを待っているようだった。
「お千代め!」
近くの席で歯軋りしている与太郎をスンヨンはため息とともになだめた。
「だから、違うって」
するとそこへ一人の男が現れた。その男は与太郎と瓜二つの青年だった。
与太郎はきょとんとした表情になった。
「おっ、同じ顔?」
与太郎と彼を見比べながらスンヨンは言った。
「ということは・・・拙者の子孫・・・?」
二人は向かい合って座り、話を始めた。
「康裕の方は?」
「うちも反対だってよ」
「・・・」
「結婚は絶対認めないって」
与太郎はあんぐりとなった。
「結婚・・・? ということは、二人は恋仲?」
「みたいだね・・・」とスンヨン。
「許さん!」
与太郎は興奮して刀の柄に手をかけた。抜き放った。
「ちょっと」スンヨンは与太郎を止めに入った。
「敵方の女と恋仲になるなんて言語道断! 首を川原にさらして」
刀をふりまわそうとする与太郎をスンヨンは必死でなだめた。
「幽霊だったら、斬れませんよ」
スンヨンの「幽霊だったらの声にその女はちらと目を走らせた。何、この人?という顔になり、バーンッ!とテーブルを叩いた。
スンヨンの言葉に刺激でも受けたか、「与太郎さえ」と大きな声になった。
「与太郎のせいで家族同士仲が悪いなんて・・・試合に負けて、勝手に死んだくせに・・・! そのせいで私たち」
「この女!」与太郎は叫んだ。
「だいたい誰よ、与太郎って」
「死ぬ!」
この時子孫が切り出した。
「サキ」
「怒れっそ!」
与太郎は彼に注目した。しかし、その口から出てきた言葉は期待とは裏腹なものだった。
「ごめん」
「はっ?」
子孫は頭を下げた。
「先祖のせいで」
「キサマァーッ!」
斬りかかろうとする与太郎の怨念をスンヨンは強い意志でへこませた。
「お釣りはいりません!」
与太郎の霊を強引に引っ張ってカフェテラスを飛び出していった。
スンヨンが歩く後ろで「許さん、許さん、許さん! あいつは今も変わらんではないか」
「ぶつぶつ言わないでよ」
「許せますか。敵方の女と恋などしくさって」
「恋ぐらいしたっていいでしょう」
「馬鹿らしいでござる」
スンヨンは立ち止まった。嘆息した。
「私、もう疲れちゃった。気分転換したい」
そう言っていきなり走り出した。
スンヨンが与太郎を連れて出向いたところは遊園地だった。
「何だこれは? 船が飛んでいるでござる」
スンヨンは与太郎とバイキングに乗り、幽霊屋敷につれて入った。
バイキングでは、
「死ぬーッ。降りるでござる。降りるでござる」
幽霊屋敷では、骸骨のお化けに恐れ慄き、撮った写真の中にいない自分を見て失神しそうになる与太郎なのであった。
スンヨンがジュースを運んできた。
与太郎は椅子の上でへたりこんでいた。スンヨンは笑った。
「幽霊のくせに疲れるなんて、変なの? あっははは」
与太郎はそんな彼女を見つめた。
「スンヨン殿はよく笑うのでござるな」
「だって楽しいんだもの」
「楽しいか・・・羨ましいでござる」
与太郎は身体を起こした。
「拙者は生まれた時から剣を握らされ、修行に励んでおりました。笑うことなど気の緩みととがめられたものだ」
「いやだったの」
「そうではござらぬが、もし、武士の家に生まれてこなかったら拙者は」
「何?」
与太郎は横笛を取り出した。
「えっ! 笛? 音楽好きなの?」
彼は頷いた。
「じゃあ、聴かせてよ」
「えっ?」
「私は笑いたい時に笑うの。さっき羨ましいと言ったでしょう?」
「はい」
「音楽・・・好きならやればいいよ」
「好きならやればいい・・・」
「うん。聴かせてよ」
与太郎は横笛を吹いた。
スンヨンは手を叩いた。
「すごい。上手い」
「そうでござるか」
「楽しいでしょう。好きなことやるのって」
「スンヨン殿」
与太郎はふいに胸を押さえた。気分のときめきが起こったようだ。
二人で引き上げてくる時、与太郎はすっかりスンヨンと打ち解け、人が変わったようになっていた。
「いやー、恋とはすばらしいものでござるな。何というか、景色が変わってしまうでござる。何かこう、明るいでござるな」
スンヨンは建物の中から聞こえてくるメンバーの声を耳にした。
彼女は窓から中を覗いた。
「スンヨンと合わせなくていいの?」
「大丈夫。きっと練習してるはずだから、私たちも頑張ろう」
「どうしよう・・・」
スンヨンは呟いた。
彼女を見て与太郎は申し訳なさそうにした。
「何か、忙しい時にずまぬ」
「ううん」スンヨンは首を振った。「私のことはいいの。それより、あの二人の恋する気持ち、わかった?」
「・・・」
「もう、恨まないよね」
「恋をわかるのと恨みは別でござる」
「・・・きっと与太郎さんの恨みが消えたら、あの二人もうまくいくと思うのだけど・・・ねっ、あの二人ともう一度会ってみない?」
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