摂食障害だった時のこと
足跡として残してみる
摂食障害で苦しんでいる誰かの心を少しでも軽くするような、何かのきっかけにでもなれたらいいな
10年くらい過食嘔吐していた。治ったきっかけは一冊の本。摂食障害を克服した方の体験記。今となっては著者の名前も記憶の彼方。
その本には、今、どんなに社会や自分のことが嫌いで受け入れられない状態であっても、長い間、自分を嫌い、裁き続けてきていたとしても、もうそろそろ自分を許してあげてもいいんじゃないか・・、どんなに世の中の人が自分のことを嫌い、受け入れてくれなかったとしても、自分だけは自分のことを許して、愛してあげようと決めたということが書かれていた。そもそもこんな過食嘔吐の毎日を一生続けていきたいのか?それで自分は幸せなのか?誰のための人生なのか?本当の自分が求めているのは、もっと違うことなんじゃないか?という投げかけだった。
私のことを世界中の人が自分のことを嫌っているなんてことは、現実的にはありえないかもしれないけど、そんなふうに思い込んでしまうほど、心が疲弊していたということ。愛は自分以外の外からもらうものだと思っていた。
そんな私には、自分で自分を愛するということはなんだか新鮮で不思議な感じがした。
「え?自分で自分を許していいの?あれこれできないこといっぱいあるのに?こんな体型で?自分を大切にするって?どういうこと?だって、好きなものを食べたいだけ食べたら太っちゃう!もっと太ってしまったら、もっと自分が嫌いになっちゃうと思うから怖い・・」
ちょっとした混乱状態w
でも、10年も過食嘔吐してきた私は、もう疲れ果ててしまって、死にたいとか思うことも何度もあって、もう自分を許して、自分の食べたいものを我慢せずに多少飲み食いして太ったとしても、この地獄が一生続くよりマシだ~って思った
それまでは、カロリーの低いものや、栄養バランス、健康的なものかどうかなどチェックしてから食べていた。で、過食嘔吐するときはジャンクフードやスイーツ、高カロリーのもの、揚げ物、ファーストフード・・なんでも食べて、自己コントロールできないダメな自分と食べ物を一緒にして全部吐いていた
こんな地獄から抜け出せるなら、ちょっとくらい太ってもいいんじゃないかって思った
あまりにも太ってしまうようなら、止めて、今までの地獄に戻ればいいだけだと・・
それから、少しづつ自分に本当に食べたいものを食べてみることにした。
それは、私にとってウキウキするような体験だった
例えば、夕食は好きなアイスクリームを5~6個購入して、ゆっくり味わって食べる。ちょっと高価なものでも、今までがんばって生きてきた自分へのご褒美として、購入する。これは、自分を愛するってこと。自分が心地よく幸せでいられるようにするための大切なこと。
過食嘔吐するために食べ物を詰め込んでいるときだったら、アイス5個だって一度に食べきってしまっていただろう
でも、自分へのご褒美と認識して食べると、それまでには感じられなかった満足感を感じた
コーヒーを飲みながら、ゆったりした気持ちで2個食べて、今すぐに全部食べてしまわなくてもいいと思えた
また食べたくなったら、いつでも食べてよいと自分に許した
別に慌てなくてもいい、いつだって食べられるし、美味しいものを食べて幸せって思える機会がまたあると思えることは安心につながった
たとえ、5個一度に食べたとしても自分を責めないことが大事。心の赴くままに。自分の声を丁寧に聞いてあげてほしい
いつでも好きなものを食べていいことを許すと、意外にも、あまり食べなくても満足できることに気が付く
こんな経験を少しづつ増やしていった
それは、楽しい作業だった
自分に優しくするって心地いいんだな~と思えた
まあ、焦らず一歩一歩歩いて行ったらいい
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