第3部(6)脱原発で「命」を守れるのか
「電気使用量は前年に比べ11%減りましたが、原油高に自動連動する料金上昇や、再生可能エネルギーの買い取り分の上乗せもあって電気料金は3%しか減りませんでした…」
福岡県遠賀町にある「おんが病院」の杉町圭蔵統括院長は、部下からこう報告を受け、頭を抱えた。
遠賀中間医師会が運営するおんが病院は、緊急性が高く重篤な患者に手術・入院など高度医療を施すことができる重要な医療拠点。年間電気代は3千万円。病院の総支出に占める比率は1・3%程度と高くはないが、一般企業とは大きく事情が異なる。電気料金の値上がり分を患者の診療費に転嫁することができないからだ。
病院の収入の大半を占める「診療報酬」は、国民健康保険法に基づき、医療行為の内容に応じたポイントで金額が決まり、勝手には変えられない。もし九州電力が表明した通り、来年4月から企業向け平均14・22%の値上げに踏み切ったら、その分は病院の利益を削るしかない。
加えて社会保障と税の一体改革法成立により、平成26年4月には消費税率が8%に、27年10月には10%に上がる見通しとなった。年1兆円規模で社会保障費が増え続ける中、税率アップ分が診療報酬に反映されるかどうかは疑わしい。
杉町氏はこう嘆いた。
「遠賀町のような郡部での病院の経営は苦しく、医師不足を招いているんです。電気料金値上げと消費税増税のダブルパンチは、地域医療を崩壊させる最後の一押しになるかもしれません」
節電には限界も…
おんが病院はこれまでも、電灯のLED化などさまざまな節電に取り組んできた。
だが、限界はすぐに訪れた。患者のいるスペースで冷暖房をカットすることはできない。院内を暗くすることもできない。患者の精神状態に悪影響を及ぼしかねないからだ。平成20年に現在地に移転新築した際、「オール電化病院」をうたったことも経営の首を絞めることになった。
今夏、九電は電力使用の多い昼間の時間帯で10%以上の節電を要請した際、平日昼間の電力使用量を削減すると料金が割り引かれるメニューなどを準備した。ところが、病院では、昼間にエアコンを止めたり、食事の調理時間をずらすなどの融通は利かない。結局、料金メニューの恩恵にあずかることはなかった。
電力不足へのおびえ
節電に限界があるのは医療機関だけではない。
「入所者(約80人)の平均年齢は80代後半。体調が変化しないように冷暖房にはとても気を使う。これ以上の節電は無理です」
熊本市南区の特別養護老人ホーム「天寿園」の米満淑恵・総施設長はそう語る。昨年度経費の12%が冷暖房などの電気料金。これも、職員しか使わない事務所など節電努力を重ねての数字だ。
「職員は暑さや寒さを我慢できても高齢の入所者はそうはいかない。しかも、施設内で24時間生活しており『朝何時から夕方何時までが営業時間、それ以外は電気を切ります』というわけにはいかない。電気料金が上がったら非常に苦しいが、それで安定供給されるなら、まだその方がいい」と話す。
不安は電気料金値上げだけではない。玄海、川内の両原発が全面停止している限り、電力供給不安は続く。停電になれば、事態は深刻だ。冷暖房だけでなく酸素吸入などさまざまな機器を使用している人がいるからだ。
最悪の事態に備えるため、天寿園では自家発電機を買う準備を進めているというが、高額なため、手痛い出費となる。収入の柱は介護保険制度に基づく介護報酬であり、医療機関と同じく他の営業努力でもうけを出すことはできない。
「結局、私たちがそれぞれ苦労しながら電力供給不安への対応を考えなければいけない。本当は、国が考えるべき問題ではないのでしょうか…」
米満氏はこう言ってため息をついた。おんが病院の杉町氏もこう語った。
「福島第1原発の事故映像を見て、私も衝撃を受けました。でも、今の日本は社会も経済も原発が稼働することが前提になっており、ゼロにするのは現実的じゃない。医療機関という命を預かる場所を守るためにも原発は1基1基個別に安全を確認し、動かすべきだと思います」
脱原発勢力のスローガンは「命を守れ!」。それならば、脱原発による電力不安が「命」と直結していることから目を背けるべきではないのではないか。
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