第2部(2)自動車王国に暗い影 迫る産業「真空化」
「政府が示した方針は理想であり志であり、さまざまな課題をどう乗り越えていくのか、その道筋を真剣に議論しなければならない。ただ、我々がゼロにしても世界で推進されるという現実もみる必要がある。経済成長、国民生活、雇用、CO2排出などもしっかり議論すべきだろう」
日本自動車工業会会長を務める豊田章男トヨタ自動車社長は9月20日の記者会見で、政府が打ち出した2030年代の「原発ゼロ」方針について遠回しに異議を唱えた。
だが、日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者(CEO)はストレートにこう言い切る。「原発を再稼働させなければ日本経済が立ちゆかなくなるのは明らかだ。日本政府は何を考えているのか」(3月27日、日仏会館ホール)。こちらが自動車メーカーの本音だとみるべきだろう。
技術は勝っても…
原発停止による電力不安と電気料金値上げにより自動車メーカーは戦略の見直しを迫られている。これは九州経済そのものを直撃しかねない。この20年余りで北部九州は愛知県に次ぐ「自動車王国」となり、自動車産業が九州経済の牽引役を担ってきたからだ。
中でも日産グループの福岡県での生産台数は約68万台となりグループ全体(年間約120万台)の半数を超えた。トヨタは福岡県宮若市に、ダイハツは大分県中津市にそれぞれ生産拠点を置く。
中国を含むアジア市場の拡大を見据える自動車メーカーにとって、九州はアジアとの距離が近い上、良質な労働力も確保しやすい。そして安定した電力を安価に確保できることも魅力だったのだ。
ただ、業界は大きく様変わりしつつある。
2001年にCEOに就任したゴーン氏は「世界最適調達」を唱える。品質と価格が見合えば世界のどこからでも部品を調達する方針で、アップル社のiPhone(アイフォーン)をはじめ「世界標準」の生産方式だが、部品メーカーの系列化が当たり前だった日本の自動車業界には大きな衝撃を与えた。
この世界最適調達と大胆なリストラ、そして関東から北部九州への生産移転により日産自動車は立ち直ったわけだが、部品の海外調達の割合は大幅に増えた。例えば、主力の小型自動車「新型ノート」の中国や韓国製の部品の割合は4割強となり、九州勢(45%)とほぼ拮抗している。
他の自動車メーカーも相次いで世界最適調達を導入しており、日本の部品メーカーは外国勢との激しい価格競争にさらされている。ここ数年の円高は部品メーカーに大打撃を与えたが、原発停止による電力不安、そして電気料金値上げはこれに追い打ちをかける。
「技術では絶対に外国勢には負けない。だが、電気料金値上げという悪条件には勝てない…」
九州北部の部品メーカー幹部はこう悔しがった。
国際競争力低下著しく
「九州で挑戦を続けていく!」
8月28日、福岡市苅田町の「日産自動車九州」を訪れた日産自動車の志賀俊之最高執行責任者(COO)はこう断じた。この言葉の裏には、部品メーカーなどの不安を解消したいという思いがあったに違いない。
「九州と中韓のメーカーで部品調達率を限りなく100%に近づける方針に変わりはありません」
日産自動車九州の大石大総務課課長代理はこう語るが、九州と中韓の調達比率については言葉を濁す。
実際、日産自動車は、より安く高品質の部品を求めて海外メーカー育成にも力を入れている。海外メーカーに技術者が出かけ「こうすると品質が良くなり、コストも低くなりますよ」とアドバイスし、技術支援することもある。
10月からは日・韓両国の公道を走行できるトレーラーを使い、九州に韓国製の自動車部品を運ぶ取り組みも始めた。両国の港でコンテナ船に積み替える従来の方法に比べ、時間とコストを軽減できるからだ。
中韓は日本の部品メーカーに簡単には追いつけない-。そんな“神話”は過去のものとなった。日本の部品メーカーに匹敵するような高品質な部品を低コストで製造できる部品メーカーは中国、韓国で確実に育ちつつある。
日産自動車が、1円単位でコストを削り続ける国内の部品メーカーに対し、さらなる過酷な競争を強いるのにはわけがある。円高、電力不安、そして電気料金値上げは日産自動車自体の国際競争力を著しく低下させるからだ。
日産自動車九州が自家発電でまかなえる電力は工場全体の10%前後。工場関係者はこう打ち明けた。
「もし夏場に電力不足で停電になったら生産ラインを止めるしかない。東日本大震災後、『電力事情は関東より九州の方がましだろう』と考え、一部の系列メーカーは本社そのものを九州に移転しようと考えていたが、このまま原発が再稼働しないリスクも考えて足踏みしている…」
もし、政府が2030年代の原発ゼロを閣議決定し、電気料金が2倍に跳ね上がることになったらどうするか。さすがに自動車業界関係者は口をつぐむが、答えは一つしかない。
「すべての生産拠点を海外に移す」
そうなれば中堅部品メーカーは後を追い、海外に出て行けない中小の製造業者は死滅する。産業の空洞化ではなく「真空化」である。建機メーカー「コマツ」の坂根正弘会長は産業界が直面する危機を端的にこう表現した。
「いつまでも(原発ゼロのような)エネルギー政策を打ち出している日本という国で製品を作っていたらリスクが大きすぎる。一体エネルギー問題をどう考えているのか!」(4月18日、東京国際フォーラム)
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