「債務超過」カウントダウン止まらず 経費節減、資産売却「もう限界…」
「10年もの(社債)の発行で証券会社と最終合意できました!」
11月、九州電力の資金繰りを担い、金融機関と厳しい折衝を繰り返してきた業務本部の経理担当者に久々の朗報が届いた。機関投資家向け償還期間10年の社債200億円分の発行にこぎ着けたのだ。誰彼ともなくつぶやいた。
「ようやく足の長い資金が確保できた。本当によかった…」
その言葉には、玄海原発(佐賀県玄海町)、川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の停止に伴う資金繰りの自転車操業から、一歩だけ抜け出ることができたことへの安堵が込められていた。
平成23年3月の東京電力・福島第1原発事故から今年9月までの31カ月間に九電は計7回、総額2450億円の社債を発行した。
だが、いずれも償還期間は3~7年。東日本大震災前の10年債、20年債に比べると短いものばかりだった。この期間の短さにこそ、九電の財務、そして将来への金融機関や社債市場の不信が如実に表れている。
大震災前並みの10年債を発行できた理由は明確だった。7月に川内原発1、2号機と玄海原発3、4号機の再稼働に向け、原子力規制委員会に安全審査を申請したからだ。
原発さえ再稼働すれば、九電の財務が改善するのは、どの金融機関もわかっている。再稼働の時期が不透明であっても、4基の原発が審査のテーブルに載ったことは社債発行の好材料と受け止められた。
だが、償還期間は長いとはいえ、利率は1・233%。九電と同じ格付けの大企業がこの時期に発行した社債はいずれも1%を下回っており、かなりの割高だ。九電が震災前の22年8月に発行した同規模の社債と比べても0・134ポイントも高い。
社債の規模も小さい。九電は、原発停止に伴い、火力発電をフル稼働させ、燃料として重油や液化天然ガス(LNG)を費消している。その額は毎月500億円。200億円の社債はその1カ月分に満たない。
業務本部幹部はこう打ち明けた。
「資金調達の際は、金融機関に『できるだけ早く安全審査をクリアできるよう対応します』とご説明するしかない。われわれ九電側が、額や金利などをハンドリングすることは、とてもではないができません…」
原発停止に伴い、九電の財務は急激に悪化した。
平成25年3月期(24年度)決算で、内部留保に当たる利益剰余金の残高は1015億円、経営の健全性を示す自己資本比率は10・22%(単体)となった。23年3月の内部留保が6397億円あり、自己資本比率が24・87%だったことを考えると信じられないような「大出血」だといえる。
「このままでは26年度の早い時期に債務超過に陥る」と考えた九電は、今年4月に企業向け平均11・94%、5月に家庭向け平均6・23%の電気料金値上げに踏み切った。
値上げは九州の企業活動に打撃を与え、アベノミクスにも水を差しかねないが、九電にとっては死活問題であり、これで年間1150億円の増収を見込んだ。
それでもまだ足りない。
九電は、所有不動産や有価証券を次々に売却した上で、発電所の保守点検の先延ばしなどあらゆる経費削減で資金を捻出した。経営危機に備えて蓄えていた積立金3570億円も全額取り崩した。社員平均5%の給与引き下げ、夏冬のボーナス全額カットにも踏み切った。
そもそも値上げ率は、今年7月に川内原発1、2号機を、来年1月までに玄海3、4号機を再稼働させることを前提として弾きだした数字だった。原発が再稼働しない限り、出血は止まらず、値上げ効果も薄れていく。
25年度の中間連結決算は、前年同期に比べ赤字額を1138億円縮小したとはいえ、357億円の赤字だった。内部留保は765億円、自己資本比率は9・7%とついに2桁を割り込んだ。
九電のやり繰りは、いよいよ限界に近付いている。
この2年間で九電記念体育館(福岡市中央区)一帯の土地、保養所や関連施設、社宅跡地など43物件を売却した。有価証券を含めると売却した資産は総額600億円に上る。
9つある展示館のうち、九州エネルギー館(福岡市)▽天山発電所展示館(佐賀県唐津市)▽小丸川発電所展示館ピノッQパーク(宮崎県木城町)▽一ツ瀬発電所資料館(宮崎県西都市)▽野間岬ウィンドパーク展示館(鹿児島県南さつま市)-の5つは来年中の閉鎖が決まった。
福岡市の九州エネルギー館を除けば、いずれも山間部など不便な場所にあり、買い手がつくかどうかは怪しい。それでも年間運営費計約2億5千万円を削減できるという。
経費削減と資産売却-。これらはいずれも「タコの足食い」といわれる対症療法に過ぎない。しかも莫大な燃料費には到底及ばず、このまま原発ゼロが続けば、26年度中には利益剰余金などを食いつぶし、法定準備金の取り崩しに追い込まれる。
九電経営企画本部事業計画グループ課長の松本一道はこう語った。
「売れるものは、ほとんど売りました。人件費の削減もしました。正直言うと限界に近づいている。非常事態なんです…」
では危機から抜け出す秘策はあるのか。油田か金鉱を掘り当てぬ限り、原発を再稼働するしかない。
電力会社は、数百億円をかけて建設する発電所や送電網など巨大な設備を有する「装置産業」だ。それだけに九電は毎年2千億円を超える設備投資資金を社債で賄ってきた。
だが、燃料費が大きく膨らみ、日々の運転資金に窮する九電は、金融機関からの借金に頼るようになってしまった。もちろん設備投資は滞りがちとなっている。
今年9月末現在の九電の長期借入金は1兆5237億円となり、平成23年3月の5163億円の3倍に膨れあがった。調達に失敗すれば資金ショートするしかない。電力供給だけでなく資金調達までも「綱渡り」となっているのだ。
この状況は九電だけではない。
日銀の貸出先別貸出金残高によると、電力会社を中心とした「電気・ガス・熱供給・水道業」への国内銀行の貸出金残高は、25年9月末で9兆1387億円にも上る。震災前の22年9月末(4兆2953億円)の倍の数字だ。
しかも資金の使途が悪い。22年9月の段階は融資のうち6割に当たる2兆6583億円が設備投資に使われていた。この金は、部品メーカーや施工会社を通じて世に出回り、経済を動かしていく。
ところが、25年9月末をみると、設備投資の資金は3兆2605億円で融資残高の35・7%に過ぎない。残りの5兆8千億円の大半は燃料費として海外に流出したり、借金の借り換えに使われた。消費税2%分に近い金額が「死に金」となり、景気回復への大きなブレーキとなっている。
それでも電力を供給するには資金は欠かせない。原子力規制委による安全審査がいま以上に長引けば、九電を含む各電力会社は再値上げの決断を迫られる。
九電社長の瓜生道明は再値上げについて「その時の収支の状況など環境次第であって申し上げられない」(10月31日、記者会見)と言葉を濁すが、ある金融機関幹部はこう断言する。
「九電の財務が傷んでいることは金融機関の共通認識です。万一、来夏に原発が再稼働していなければ、電気料金の『再値上げ』が融資の条件になることは間違いないでしょう」
脱原発派の「原発は動かすな」「電気料金は上げるな」という主張は論理的に破綻している。「原発に頼っている電力会社など破綻しても構わない」と声高に主張する人もいるが、電力会社が破綻すれば、そのツケが国民に回ることは自明だ。元首相を含め、このような無責任な主張がまかり通ることにこそ日本の病巣がある。(敬称略)
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