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脱原発で増え続けるCO2の排出量
ドイツの経済・エネルギー大臣、ジグマール・ガブリエル氏が、四面楚歌になっている。ちょっと復習をすると、現在ドイツは第3次メルケル政権。CDU(キリスト教民主同盟)とSPD(ドイツ社民党)の大連立政権だ。CDUはメルケル首相率いる中道保守、SPDはガブリエル副首相率いる中道左派。ガブリエル氏は、副首相だけでなく、経済エネルギー大臣も兼任している。
エネルギー政策に限って言うなら、元々SPDは、緑の党とともに反原発の旗振り役だった。現在の再エネ法の基礎や、脱原発合意も、SPDの政権下で決まったものだ。当時の首相はシュレーダー氏で、緑の党との連立だった。
一方CDUは、本来は原発容認を唱えていた党だ。ところがメルケル首相は、福島第一の事故の後、いろいろな政治的事情で、突然、脱原発に舵を切り、SPDや緑の党よりも、ずっと過激な"反原発"首相になってしまった。それ以来、ドイツは2022年の原発ゼロを目指して一生懸命頑張ってはいるが、進捗具合は順風満帆とは言えない。
現在の第3次メルケル政権が成立したのは2013年12月。ガブリエル氏は、すぐさま経済技術省を再編して経済エネルギー省を作り、自らが大臣となり、ドイツ国の重要案件であるエネルギー政策を全掌握した。半年後の2014年6月には、早くも再エネ法を大幅に改訂し、再エネの全量固定価格での買取り制度にメスを入れた。太陽光発電がこれ以上無制限に増え過ぎないよう、法律の是正は危急の課題であったのだ。
しかし、こういうことをすると、もちろん、環境保護団体などからの突き上げが激しい。彼らの言い分では、再エネはどんどん増やすべきで、そのための固定価格での全量買取り制度である。そこにブレーキを掛けるなどもっての外。ガブリエル大臣は、電力会社とグルになってエネルギー転換の足を引っ張るけしからん大臣だ、ということになる。
ところが、電力会社は電力会社で、ガブリエル大臣に怒っている。というのも、ガブリエル大臣は、古い火力発電所に対して、CO2排出量が一定以上になった場合、超過金を課そうとしているからだ。
京都議定書によれば、ドイツは2020年までにCO2の排出を2200万トン減らさなければならない(90年比で40%減)。ところが、福島第一の事故の後、16基ある原発のうちの7基を止めてしまったため、CO2は減るどころか、増えている。そのうえ、新しい火力発電所の建設まで進められている状態だ。
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労働組合やSPDの政治家にまで噛みつかれる始末
ドイツの行おうとしているエネルギー転換は複雑だ。全量固定価格買取り制度のお蔭で、再エネ、特に、太陽光発電が急増した。停止した原発の電気を、それで代替できれば世話はないが、現実はそうはいかない。再エネはいくら増えても供給の揺れが大きいし、お天気によっては突然ゼロになってしまうこともある。つまり需要と供給を合わせるため、バックアップの電源が手放せない。そのうえ周波数も電圧も不安定なので、さまざまな調整を電力会社がやらなければならない。
しかし、そんな尻拭いをやっているうちに、電力会社は計画的な発電ができず、赤字になってしまった。そこで、仕方なく発電には高いガスではなく、安い褐炭や石炭の利用を増やしている。当然、CO2の排出は増え、京都議定書の目標到達も遠のいた。つまり、これは、今まで環境先進国を自認していたドイツ国としては、大変困る状態なのだ。そこでガブリエル大臣は、電力会社にCO2削減の義務を押し付けるつもりのようだが、しかし、自分たちは揺れ動くエネルギー政策の犠牲者だと思っている電力会社は、もちろん納得しない。
納得しないのは電力会社だけではない。産業界は、電力会社の負担が大きくなれば、電気代がさらに上がるだろうと予測。そうでなくても、ドイツの電気代はフランスのほぼ2倍なので戦々恐々。ガブリエル案にはもちろん大反対だ。また、電力会社が超過金を嫌って、火力発電所のいくつかを閉鎖してしまうようなことになれば、電気の安定供給が脅かされるのでさらに困る。
一方、最近、ドイツ産業連盟が独自に依頼した調査の結果によれば、たとえドイツの火力発電所がなくなっても、現在の排出権システムでは、他の国が排出を増やすだけなので、CO2削減には役立たないだろうということだった。だったら、何のための排出量規制? 石炭も褐炭も遠慮なく燃やせといったところだ。
また、鉱業、化学産業、エネルギー産業、サービス業などの組合も、ガブリエル案には絶対反対。皆、火力発電が打撃を受ければ、即、職場が脅かされる業種である。そこで4月24日、彼らはベルリンの経済エネルギー省の前に結集し、大規模なデモを打った。SPDは元来、労働者の党なので、労働組合がSPDの党首に対してデモを打つということ自体、かなりめずらしい。
同じ日、環境保護団体もデモをした。理由はまるで違うが、ガブリエル氏の政策に反対しているところでは一致。ドイツ人は本当にデモが好きだ。5年前には、原発反対と言ってデモをしていた人たちが、またぞろ声を張り上げて戸外に繰り出しているのである。
さらに、ノートライン・ヴェストファーレン州など、伝統的な炭鉱町を抱える地域では、褐炭での火力発電も盛んで、したがって、やはりガブリエル大臣の案は呑めない。同州の知事は、よりによってSPDの女性で、大変人気がある。ただ、州知事というのは地方に密着した政治を行うので、たとえ自分の党の党首といえども、ガブリエル氏の政策に従うことはできない。京都議定書よりも、地元の雇用が大切だ。同じSPDの有力政治家に噛みつかれては、さすがのガブリエル氏も困っているだろう。
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いくらCO2を排出しても世界の大勢に影響はない
要するに、今、ドイツでは、火力は空気を汚すので廃止してしまえという声と、雇用安定と産業発展のため、火力も褐炭の炭田も残せという声が入り乱れているのだが、本当の問題は違うところにある。
ガブリエル氏は、「私は火力を廃止したいなどとは、これっぽっちも思っていない。現実はその反対で、我々はまだまだ長いあいだ、石炭と褐炭を使っていかなければならない。なぜなら、もしも発電量に占める再エネの率が50%になったとしても、では、残りの50%はどこから持ってくるかという問題は残るからだ」と言っている。これは事実だろう。
実際問題として、火力自体は、今のところ、ドイツの電力の安定供給のためには欠かせない。再エネは、50%どころか、たとえそれが90%になっても、お天気によっては突然ゼロになる危険を秘めた電源なので、バックアップとしての火力を必要とする。とはいえ、火力、特に古い褐炭火力は確かに空気を汚す。だから、どうにかしてそれを熱効率の良い新鋭の石炭火力に移行させたいというのがガブリエル氏の狙いだ。
そこで、苦肉の策として出てきたのが、古い発電所に対する超過金。それにより、電力会社が自分で工夫して、古い褐炭火力の稼働率を下げ、新しい火力発電所を多く稼働させてくれることを期待しているのである。
ところが、そううまくいくかどうか? 現在のように再エネが優先されている土俵において、電力会社が火力で儲けを出そうと思えば、投資の余裕は限られてしまう。褐炭より石炭、石炭よりガスが環境に良いのはわかりきったことだが、経済性を考えれば出来ないことも多い。超過金で脅され、自分で考えてCO2を減らせと言われても、電力会社はつむじを曲げるしかない。しかも、電力の供給が不安定になるからといって、儲からない火力を閉鎖することさえ認められないのが現状なのだ。
ガブリエル案に異議を唱えているグループは他にもある。たとえば、CDUの中には、CO2の削減目標などは、今やばかげたことだと思っている議員もいる。そもそも1997年、京都議定書が採択されたとき、中国が1年に50基も石炭火力発電所を建てるようになるなどとは、誰も想像もしていなかった。それに、カナダもアメリカも、すでに議定書からは離脱してしまっている。
つまり今では、ドイツが火力発電所で褐炭を燃やそうが、ガスを燃やそうが、世界規模で見れば大勢に影響はない。2030年のCO2排出量の地域別の見通しでは、中国とインドだけで3分の1以上、日本やドイツはお話にならないぐらい低くなっているはずだ。世界のCO2を減らすには、先進国は、中国やインド、その他の途上国のCO2削減にお金を費やしたほうがよっぽど良い。
本当の問題はどこにあるのか?
いずれにしても、ガブリエル大臣は、12月にパリで開かれるCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)で面目を保つため、今年の夏までに新しい法律を作るつもりだ。ここで、京都議定書の後継の枠組み案が採択される予定で、ドイツが指導的地位を保てるかどうか、大変頭が痛い。ただ、慌てて下手な法律を作り、あとで電力会社から訴えられると大変なことになるので、そこにも細心の注意が必要。ガブリエル大臣の周りには心配事が山積みになっている。
実はガブリエル氏は、大変人気のない政治家だ。首相にしたい政治家といったアンケートなどを見ても、気の毒になるほど下位にしか入らない。現在も、全方位に向かって憎まれ役を買っているが、与党内ではおそらく、彼にサンドバッグ役を引き受けてもらって、必要な政策を推し進めていこうというところで、暗黙の了解があるのではないか。その代わりに、政府の舞台裏で、ガブリエル氏の力が強大なものになっている可能性はある。
その証拠かどうか、こういう様々な矛盾を引き起こした張本人であるメルケル首相は、ほとんどこの問題で前面に出てこない。ガブリエル氏いわく、「メルケル首相は京都議定書の数字を守ることを最優先であるとし、私を全面的に支援してくれている」とか。
当時、京都で京都議定書を採択したのが、若き日のメルケル環境大臣であったのは、皮肉か、あるいは運命か? ただ、日本でもそうだが、ドイツでも、エネルギーに関しては、本当の問題がどこにあるのかということが、正確に報道されていないと感じる。
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