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全国のアミ~ゴの皆様、ようこそ大川隆法ネット後援会へ。
私は日本という国には、世界にお手本を示す使命があると思います。
日本は世界に先駆けて、「人種差別をやめよう。」と訴えました。
それが先の大戦の、本当の理由です。
また戦後日本は、自国領土拡張なしの大繁栄をしましたね。
これは世界史初の偉業ですが、それが世界から、侵略戦争の必要性そのものをなくしました。
世界は戦後日本を見て、他国から富を奪うより、ローコストで確実に、豊かになれる方法を学んだのです。
つまり世界から、植民地主義(人種差別)と、侵略戦争をなくしたのは日本です。
中国が、盛んに覇権主義を行っています。
これは、時代遅れそのものです。
彼ら中国共産党には、そんなこともわからないのですね。
日本と戦ったこともないのに、「抗日勝利記念」というイベントをするくらいですから、歴史を学んでいないのです。(爆笑)
おおっと、これは冗談ではなくて、今の中国は簡体字をいう、簡略した文字を使っているので、中国では漢字は古文です。
ですから今の中国は、漢字が書かれた歴史書が読めないのです。
そんな中国が、国内のキリスト教の取締りを強化し始めました。
中国がなぜ宗教の取り締まりを強化するかというと、共産主義が無神論だからです。
無神論というと、「神様とか信じられない」というような、信教を信じない自由とか、思想選択の自由の範疇と勘違いされているかも知れません。
しかし実態は、そんな、なまやさしいものではありません。
無神論とは、積極的に神様を信じる人たちを粛清していく思想であり、最悪の邪教(悪い宗教)だということです。
神様を信じない共産主義国においては、思想信条の自由も、言論の自由もありません。
なぜならば、信教の自由がないからです。
思想信条の自由は、信教の自由から始まっています。
そして、「私はこの信仰を信じます。」と言える自由から、言論の自由も始まっています。
つまり、自由の元の元は、信教の自由から始まっているのです。
自由の始まりは「祈る自由」であり、最後の砦もまた、「祈る自由」です。
ナチスドイツは、600万人とも言われる、ユダヤ人のホロスコート(大虐殺)を行いました。
この時にユダヤ人をかくまったのは、ドイツ国内のキリスト教教会でした。
また、海外にユダヤ人を亡命させたのは、ドイツの同盟国の日本でした。
亡命先は、なんと敵国のアメリカに亡命させていたのです。
満州にユダヤ人居留区を作ろうとしていたのですが、「間に合わない」と判断したのだと思います。
日本の人種差別撤廃の意思は、徹頭徹尾一貫しておりました。
それは、神武天皇即位以来の、日本の国体だからです。
多くのユダヤ人を亡命させた日本の外交官 杉浦千畝(すぎうらちうね)氏
ドイツは同盟国でしたが、日本の国体は、「人種差別は悪」だったので、その点に関しては一線を引いていました。
また日本は、宗教には寛容だったのです。
廃仏毀釈や天理教や大本教など、新興神道系宗教への迫害は、明治政府の宗教的な理解や、国体の理解が十分ではなかったからです。
日本は聖徳太子以降神仏融合の思想で、日本は1500年前には、完全なる思想信条の自由社会となっていました。
世界が、信教の自由を手にしたのは、ここ200年足らずのことです。
日本はその意味で、精神的な先進国でもあったのです。
坂本龍馬さんはじめ西郷隆盛さんなど、早くに亡くなった超一級の元勲が長生きなさっていたら、廃仏毀釈などはしなかっただろうと思います。
ときの列強諸国はキリスト教国(一神教国)でしたから、国家神道という一神教を創出したのです。
ですから戦前の日本は、完全な日本の国体を、表現しきていない部分があるのです。
そういった意味では、明治維新革命は、中途半端な部分があるのですね。
ともあれ、江戸幕府のキリスト教禁止令が出るまで、日本では、宗教指導者や伝道師が弾圧されることはあっても、一般信者がおとがめを受けることはありませんでした。
つまり日本では古来より、一貫して「信じることは自由」だったのです。
それが、日本の本当の姿です。
世界ではイスラム教社会では、まだ一般的には、思想信条の自由社会にはなっていません。
中国や北朝鮮などの共産主義社会では・・・言わずもがなでございますよね。
千年の都京都の御所の外壁は、とても低いです。
京都御所の低い外壁は、「誰も天皇の命を狙いはしない。」という、精神面での余裕があった証拠です。
一般的なヨーロッパの城の外壁
街をぐるりと囲む、中国長安の外壁。
また、日本最古の和歌集「万葉集」では、天皇も防人(さきもり)も、名もなき農民も出てきます。
これは、詩の前では平等という概念ですね。
支配体制はともかく、思想信条において、国家も国民も共に神の子として、尊崇し合える精神的な土壌のあったのが、古代から日本の精神的な視点から見た姿です。
日本は、歴史を真摯に見直すべきです。
そこから見えてくる真実の日本の姿は、先進的な超宗教国家です。
それは今でも、色濃く残っています。
日本の神社仏閣などの宗教施設の数は、コンビニの数より多いです。
また、お正月や七五三、お彼岸やお盆やクリスマスまで、日本ほど宗教行事に富んだ国はありません。
多くの日本の方々が、戦後教育によって一時的に封印されている、本来の宗教的センスを開眼し、それに伴うメッセージを世界に発信することができれば、世界から宗教戦争をなくしていくと共に、巨大無神論国家中国の、中2的で野蛮な国家的横暴をも諦めさせることができると、私は堅く信じております。
日本の安保法案反対デモ画像 (簡体字で書かれた文字。これが意味するものは?)
民主主義国日本の人々が、神仏の子の自覚に目覚めるとき。
それは、日本の国難が去るときと共に、世界が、新たな繁栄へのページがあることを知る「その時」となるはずです。
それは心の奥底で、「神と共に暮らす自由」を知る、我々日本人だからこそできる、世界への福音でもあります。
それでは、またのお越しを。
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