活火山は櫻井よしこ氏のファンのひとりだ。
氏はジャーナリストで評論家、その凛とし、日本人の琴線に触れる論陣は活火山の煮えたぎる感性をしばしば鎮めてくれる。
きょう日、テレビではキャスターに媚びへつらうような、タマを抜かれたような評論家が多い中、サムライのような強靱な意思を表情に浮かべながら意見を言う場面は、まさに感動ものだ。
サムライのような強靱な意思は、氏が新潟県長岡市の出身に由来するのではないかと活火山は想像する。
長岡は、幕末の河井唯之助、海軍の山本五十六、<武士の娘>の著者杉本鉞子(すぎもと えつこ)と同郷だ。
こうした逸材を輩出した長岡の風土を想像した時<米百表>の精神風土をも想起できるが、氏もこうした風土のDNAによってはぐくまれたものだろう。
さらには、昨年9月19日産経紙のコラム<君に伝えたい、日本>のは櫻井よしこ氏の<「武士の娘」が物語るもの>が思い起こされる。
さて今日は、産経紙の1面コラムで氏が海自のソマリアに派遣を取り上げている。
これによると、海自の海賊退治は他国の軍艦艇の海賊退治とはそのアプローチがあまりにも異質のようだ。
訳の分からない規制が幾つもある。
今回の出動が
<海上警察行動の発令を受けて警察官職務執行法に基づく派遣>
<武器使用は正当防衛、武器比例の原則が適用>
<警察官職務執行法第7条の「人に危害を与えてはならない」の規定により海賊にけがを負わせるような船の撃沈は許されていない>
<守ることが出来るのは日本関係の船に限定>
自衛隊は、表記こそ<自衛隊>だが、装備、訓練、教育は<軍>そのものであり、他国の派遣艦船は海自の艦船を<日本海軍>の<艦船>と見なすはずだ。
当然軍である以上、自衛官は常に敵を殺戮し対象物を破壊、制圧するための訓練をしておる訳だから、なんとまああわれな海自の艦船派遣だろう。
海自も海自よ。
活火山はあまりこのことを認めていないが、海自は常日頃、帝国海軍の伝統を継承する海自を標榜しているはずではないか。
海上保安庁か警察庁の管理下で行う海賊退治によく素直に行くと思う。
氏も指摘しているように、このような矛盾、誤謬の元凶である<集団的自衛権>の問題をクリア出来るチャンスであったが、またもやその好機を逸したようだ。