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ロシアの歴史というより、成り立ちを見た時、タタールのくびき(13世紀 - 15世紀) を歴史の通過事象としてひとくくりにするのは屈折したロシア人の心理を理解不能にすると言われています。
13世紀の日本は鎌倉時代で、源実朝が将軍職に就くのが1203年、1205年には「新古今和歌集」が編纂というか世の出た時代から200年以上の間、タタール人という、異文化人のアジア系蒙古(モンゴル)人によって、過酷な支配をされた歴史を経て14世紀に解放された経緯があります。
その後、ロシア人の国家が成立したという過酷な異民族支配を経験した歴史と文化には、被害者としてのDNAがインプッとされているに違いないのがロシア人だろうと想像します。(私見)
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数日前にテレ朝の「ロシア国内では停戦に否定的な強硬な意見が台頭」という見出しがyahooニュースでヒットしたが、台湾在住者には、ビデオにアクセスが不可能なので、タイトルを英文に翻訳して、英文サイトで検索をしました。
その検索結果のスクショが以下です。
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欧米系メディアは、「ロシアで、停戦に反対する風潮が強い」ことを報じています。
つまりこれまでは、家族や親類をウ戦で失った不幸は、実はほとんどがロシア連邦の構成国、それも少数民族系によって構成されている連邦国家での不幸で、戦争の悲惨さや、一般物資の不足はモスクワ市民には無縁に近い環境であった事実があります。
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丁度一年前、モスクワ市民の戦争とは無縁にような生活ぶりを体験した日本人youtuberさんに動画をブログで取り上げていました。
この動画を見る限り、
- 経済制裁はどうなっているのか?
- 戦時下で旧連邦構成国のウクライナを侵略侵攻して激戦中という戦中感がまったく感じられないことが不思議で取り上げた経緯があります。
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つまり、イケイケドンドンモードを演出し、ネオナチが支配するウクライナを開放してる、言わば聖戦のような戦争を、世界を二分する超大国のプーチン・ロシアが、クリミアに続いて、ロ・ウ国の国境に接する地域野ロシア系住民の解放を圧倒的な戦力で実行してるふうに、用意周到な宣伝と情宣政策を徹底していた可能性が見えてきます。
聖戦で、しかも旧ロシア連邦の一構成国と戦うに、休戦とはまさに敗戦に直結する心理で、受け入れ難い事実なのでしょう。
ウ戦の行方に興味が行きます。