〇
君よ
私は
神界にあって
人間のこころを
失っては
いない
人々の
なげきや
苦しみを
今も
受ける
私は
柏手を打ち
口笛を
吹く
その時
私は
光となって
いるが
地上の時と
おなじく
いやそれ以上に
やわらかな
心を
持った
五井昌久
なのだ
私ばかりでは
ない
人は
誰も
人間の心を
失って
生きることはない
物に感じ
こころに
愛を覚え
しみじみと
涙を流し
祈りに入る
君よ
天界にも
四季があり
草木は
風にそよぎ
花々は
そのこころのままに
光をたたえて
美しく咲きみだれてる
ふと
足を
とどめて
花達と
話をする
ことも
あるのだよ
市川の
あの狭庭辺で
ひととき
私が
私自身の
時を持ったように
君よ
静けさは
よろこびだ
静かなるこころは
愛と平和に
みちて
神の
おおみこころの
ながれに
溶け込んでゆく
すなおな
彼らと
語り合ううちに
私は
いつの間にか
深い統一に入る
のだ
統一から
自分にもどると
一瞬
深い孤独が
私を
とらえる
これは
これは
かって
聖賢達が
味わった
こころの
寂しさか
と
私は
自分のこころに
たずねてみる
そうして
たずねてたずねて
ゆくと
人間の心を
ゆたかに
持ったまま
人は
光となる
という
真実を
伝え切れない
寂しさで
あることに
気付くのだ
私は寂しさに
とどまっては
いない
私は光なのだから
そして君よ
君も光なのだから
しかし
人間のこころを
ゆたかな上にも
ゆたかにはぐくまれる
神の愛を
私は地上に伝えたいのだ
君よ
私は
時に
寂しいのだ
昭和61年11月6日