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ひまわり進学ルーム

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』著:新井紀子 ③

ごめんなさい、「じゃあどうしたらいいの?」の前に
「なんでこんなんなっちゃったかな」です。

実は、著者の新井紀子氏は実は数学者で、教育業界の方ではないのです。
しかし、「ロボットは同大に入れるのか」という人工知能プロジェクトを立ち上げ、「東ロボくん」に何をどのように学習させたら良いかを模索する中で、人間との違いを考えました。
(以下引用)『…AIがいくらそれが複雑になって、現状より遥かにすぐれたディープラーニングによるソフトウェアが搭載されても、所詮、コンピューターに過ぎません。コンピューターは計算機ですから、できることは計算だけです。計算するということは、認識や事象を数式に置き換えるということです。…』
と、AI技術がどんなに進んでも、所詮人間にはかなわないんだ、と一瞬安心させられます。ところが、
『…ただの計算機に過ぎないAIに代替されない人間が、今の社会の何割をしめているのか…』
おやおや?
『…AIの弱点は、万個教えられてようやく一を学ぶこと、応用が利かないこと、柔軟性がないこと、決められた(限定された)フレーム(枠組み)の中でしか計算処理ができないことなどです。…(中略)…。ですから、その反対の、一を聞いて十を知る能力や応用力、柔軟性、フレームに囚われない発想力などを備えていれば、AI恐るるに足らず、ということになります。
 では、現代社会に生きる私たちの多くは、AIに肩代わりできない種類の仕事を不足なくうまくやっていけるだけの読解力や常識、あるいは柔軟性や発想力を十分に備えているでしょうか。…(中略)…。問題は、読解力を基盤とする、コミュニケーション能力や理解力です。』

というように、AI開発の副産物として、現代社会の問題点に気づかれたのです。さらに恐ろしいことには、

『(有名私大に大勢進学させている高校でも、)「係り受け」や「照応」の正答率が9割を超えてもそれ以外のタイプの問題の問題の正答率が5割を下回るケースが頻繁にあります。…中略…。表層的理解はできるけれど、推論や同義文判定などの深い読解ができない場合、文章を読むのは苦ではないのに、中身はほとんど理解できていないということが起こり得ます。(中略)AIに似ています。AIに似ていると言うことは、AIに代替されやすい能力だということです。』

 つまり、AIが発達した社会において、一番「いらない人材」というのは学力底辺の層ではなくて、中堅あたりの層ということだそうです。難関国立大学に入れる層の読解力は問題ないけれど、中堅国公立大、MARCHクラスの私立大学に進学する層の読解レベルではAIに取って代わられますよ、と。
まあ、なんと辛辣な。

そして前置きが長くなってしまったのですが、「なんでこうなっちゃったか」というとですね、

『私が最近、最も憂慮しているのは、ドリルをデジタル化して、項目反応理論を用いることで「それぞれの子に合ったドリルをAIが提供します!」と宣伝する塾が登場していることです。こんな能力を子どもたちに重点的に身に着けさせることほど無意味なことはありません。問題を読まずにドリルをこなす能力が、最もAIに代替されやすいからです。

 小学生のうちからデジタルドリルに励んで、「勉強した気分」になり、テストでいい点数を取ってしまうとそれが成功体験になってしまって、読解力が不足していることに気づきにくくなります。中学に入ってもデジタルドリルを繰り返せば1次方程式のテストで満点が取れて、英単語や漢字は身につきますから、そこそこの成績はとれるはずです。ところが、受験勉強に向かい始める中学3年生になると、なぜか成績が下がってしまう。
 本人は薄々気づいているはずです。「なんだか学校の先生が言っていることがわからない」、「教科書は読んでもわからない」……。けれども、どうしてよいかわかりません。だから余計にデジタルドリルに没頭してしまいます。』

『問題文に出てくる数字を使ってとりあえずなんらかの式に入れて「当てよう」としてしまう。なぜそんなことをしてしまうのか?フレームが決まっているドリルではそれが最も効率が良い解き方だったからです。フレームを決めざるを得ないデジタル教材の最大の欠点はここにあります。フレームが
決まっていると、子どもは教える側が期待しているのとは別の方法で、そのフレームのときだけ発揮できる妙なスキルだけを偏って身につけてしまうのです。』

 デジタルドリルをがんばって取り組んだ人ほど、間違った勉強法を身につけてしまうということですね。つい最近、ヨーロッパの某国が「タブレット教育は間違いだった」と、方針転換をしましたが、現場で働く身としては、まあ、知ってたよ、としか。

『東ロボくんにさんざん「ドリル」をさせた私は自身をもって言います。読解力を身につけない限り、そこから先の成績は伸びません。読解力のある生徒が受検勉強に精を出し始めると、読解力のない子の相対的な成績は、むしろ下がる一方になります。東ロボくんも、いくら覚える英文の数を増やしても、英語の偏差値は50前後で伸び悩みました。』

つまり、小学校のうち、中学1・2年のうちはがんばってその場をしのいでいたとしても、その勉強方法を続けるうちはいずれ破綻するのです。
成績が落ちてから慌てて塾通いをはじめたところで、その子が努力をしていないわけでもないのにも関わらず成績が落ちるのは必然なのです。
そういった間違った成功体験がある生徒の勉強方法を変えさせるのは本当に骨が折れますし、時間がかかります。

そして、これはあんまり大きな声で言うと叱られるかもしれないのですが…、
小学校の単元テストで80点、90点代のお子さん、たぶん何もわかっていないのと大差ないですよ。
保護者の方と話をしていると、「まあまあできているので」「今はまだ」大丈夫です^^と言われることが多いのですが。

だいたい、小学校の業者テスト(カラーのテスト)はほとんどの生徒が80点以上はとれるように作ってあるのです。掛け算のテストなら掛け算の計算、割り算のテストなら割り算の計算ができれば解ける。つまり、九九ができる子なら、難なくできる。でも、掛け算ってなんだろう、どういうときに掛け算をするのかな、ということまで理解できていないと、残りの二割の問題ができません。でも、ここまで読んでくださった方なら、残りの二割の問題ができていなければ意味がないこと、おわかりいただけるでしょうか。
そして、そういうお子さんにぜひやっていただきたいのは、算数でなくて国語なのです。

ホントに長くなっちゃってすみません。
なんか妙なスイッチ入っちゃったな。④につづきます!
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